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ビジネスで「社会課題」を解決する
Takeoff Point LLC. 石川 洋人 氏

「SDGs」「ESG経営」とともに注目されている概念に「CSV(Creating Shared Value)」があります。
解決が難しいとされる社会課題に取り組むことで社会的価値を追求すれば、経済的価値も得られるという考え方です。まだまだ日本では理解が進んでおらず、実例も少ないこの考え方をTakeoff Point LLC の石川氏はアメリカで実践しています。

起業家としての「心」が欠如していた

――― 石川さんのこれまでのキャリアを教えてください。

大学卒業後、外資系投資銀行で3 年間ほどM&A の仕事をしました。その後、ソニーに入社し、約5年間は主に海外事業のマーケティング業務を担当し、MBA留学後、ソニーの本社でトップマネジメントのスタッフ業務に従事していました。そして、2015年にソニーが出資する新会社が設立されることになり、社長として今のTakeoff Pointを立ち上げることになりました。

――― Takeoff Point は、どのような会社なのですか?

Takeoff Point は、社名の通り、新規事業の「離陸点」を担う会社いうことで、設立当初は日本で生まれたソニーの新規事業をアメリカで展開する「販売会社」としてスタートしました。しかし、それがなかなか上手くいかず、徐々に日米のスタートアップ企業や一般企業が展開する新規事業に対してビジネス支援を提供する「コンサルティング会社」へと移り変わって行き、現在は、販売やコンサルティングだけではなく、私たち自身もソニーの技術を使った社会課題解決に向けた「事業創出」の取り組みも始めています。

――― 社長になった時は、どんな思いで仕事に取り組んでいましたか?

社長になった当初の私は、会社や事業を創ることの本質を全く理解しておらず、ソニーの人事異動でたまたま社長になってしまった「やらされ起業家」でした。

勿論、独学やビジネススクールで起業や事業創出のノウハウについて座学では学んでいたので、起業家としての「知識」はある程度は持っていたのですが、実際にTakeoff Pointを始めてから様々な挫折を経験し、起業家としての「心」が圧倒的に欠如していたことを痛感させられました。

――― 転機になる出来事があったのですか?

Takeoff Pointを始めて1年半ぐらいまでは、日本で生まれたソニーの新規事業の商品をアメリカで拡販できるよう、販売会社としてアメリカ中を駆けずり回って営業活動に注力していたのですが、殆ど売上があがらず、自分のお給料を賄うだけの利益も作れず、Takeoff Pointの経営を諦めかけた時がありました。

Takeoff Pointを始めるまでは、当たり前のように会社で仕事をして、与えられるミッションに対して結果を出して、それを会社に評価してもらうことで、対価としてお給料を貰っていたのに対し、一歩その会社を出てみたら、自分の仕事に価値を感じて、それに対してお金を払ってくれる人が世の中には殆どいないことに気付かされました。自分はこれまで会社の中で生きてこられた「会社人」だけであって、本当の意味での「社会人」に成りきれていなかったことを痛感させられました。また、これまで会社から与えられていたミッションは、これからは自分で今いる世界の中から探して考えなければいけないことに気付き、評価も、会社のマネジメントではなく、社会に評価されなければならないことに気が付かされて、「自分は何をしたいのか?」、「どうやったら社会に価値を生みだすことが出来るのか?」ということを初めて真剣に考え始めるようになったと思います。

今思えば、これらの気付きが、Takeoff Pointと起業家としての私の転機だったと思います。

――― その後、Takeoff Pointはどのようにかわったのですか?

Takeoff Pointで、最初に手掛けた仕事は、MESH (メッシュ)という製品の米国での販売活動でした。MESH™はプログラミング言語を知らなくても直感的に電子工作ができるIoTブロックで、遊びながらプログラミングやものづくりを学ぶことができる教育ツールです。日本では学校教育の場を中心にMESH™の普及が進んでいたのですが、アメリカでは既にプログラミング教育のレベルと普及率が高く、競合商品が乱立していた為、MESH™ はあまり受け入れられていませんでした。

しかし、各地の学校営業を繰り返していくうちに、アメリカ国内には想像していたよりも大きな教育格差があることに気づき始めました。アメリカは、高校を卒業するまでが義務教育なのですが、家庭の事情を中心に学校から「ドロップアウト」してしまう学生が多く、特に治安の悪い貧困地域では、約3割しか義務教育を終えることが出来ない地域もあるくらいです。

社会課題の解決から始める

調べてみると、アメリカでは、学校に行けず、働くことも出来ず、社会との繋がりが途切れてしまった学生をディスコネクテッド・ユース(Disconnected youth) と呼び、この若年層の増加が社会問題となっていることがわかりました。主な原因は、学生の家庭環境が影響しており、当然ながら学校と先生に出来ることには限界があるので、Takeoff Pointのメンバーの力で、学生が学校から離れ切ってしまう前に、もう一度学ぶ楽しさに気付いてもらい、学校に残るきっかけを作れないか?と考え、Takeoff Point の社員がMESH™を活用したワークショップを近場の学校で始めるようになりました。勿論、この活動はボランティアベースであり、MESH™の売上にも直接繋がらないので、会社視点で考えたら積極的にやるべきことではなかったのですが、「社会ではこれが求められるのではないか?」と強く感じたことから、この活動を継続していきました。

――― 反応はいかがでしたか?

Disconnected Youthが集まるコミュニティセンターや学校でMESH™を使ったワークショップを開催すると、「めちゃくちゃ面白い!」「プログラミングってこんな簡単なの?」と学生からの反応は非常に良いものでした。先生の間でも徐々に評判になって「私の学校でもやってほしい」とご依頼をいただくようになり、活動地域も徐々に広がっていきました。勿論、私たち社員だけでワークショップをやるのには限界がありますので、MESH™ を教えることができる先生を認定する制度を自分たちで作り、Disconnected Youthを減らすことに共感する先生を巻き込み、夏休み中の先生や生徒とTakeoff Pointが一緒に教材を作るプロジェクトを立ち上げました。この活動を、試行錯誤して進めていくうちに、「Takeoff Point という会社が、学校との接点を失いかけた若者を減らすための活動をしている」とメディアで取り上げられるようになりました。そうしてMESH™ が意外な方向で注目され始め、売れるようになったのです。

それ以前は、MESH™の良さを説明して「買ってください」とお願いしてもなかなかうまくいかなったのが、ワークショップ開催と学生の反応の実績を作った上で、「ディスコネクテッド・ユースを減らすために協力して下さい」とお願い出来るようになったことで、共感を得やすく、断る人が少ないということに気が付いていきました。会社の売上を作る目的から、社会に役立つことへと目的をシフトしたことで、結果的にビジネスとしても大きくなり、今もアメリカでMESH™を販売しています。

――― 社会課題の解決が、事業の成功にもつながったわけですね。

そうですね。最初は、MESH™という「商品」でDisconnectedの「心」を変える活動をやっていたのですが、今はさらに踏み込んで、ソニーの「技術」でDisconnectedの「仕組み」を変える活動にも挑戦しています。アメリカには、教育支援や就労支援、住宅支援、食糧支援など、Disconnected Youthに手を差し伸べる行政サービスがいくつかあるのですが、そのサービスを受けるまでの申請手続が複雑で非効率なため、各行政サービスがフルに活用されていません。その結果、この行政サービスの予算は毎年削減され、Disconnected Youthは増加し続けており、この問題を解決するために、各行政サービスの申請手続のプロセスを一つのプラットフォームに集約し、デジタル化・効率化・可視化する必要があると考えていました。そこで、ソニーのR&Dセンターで開発していた情報共有ソリューションが使えないだろうかと思いつき、多くのステークホルダーを巻き込みながら共通するDisconnected Youthの社会課題を解決するプロジェクトを立ち上げました。これはソニーが開発した、情報を安全に共有できる新しい技術を活用することで、Disconnected Youthと支援サービスと結びつけるプラットフォームであり、既に、これに関わる行政機関と民間企業、申請手続を代行しているNPO法人等とタッグを組んで、2年前から実証実験を行っており、今年度中にも事業化をする予定です。

経済的価値と社会的価値を両立させる

Takeoff Pointが取り組んでいる、MESH™を使ったDisconnected Youthに対する活動と、Disconnected Youthと支援サービスを繋げるプラットフォームを作る事業も、短期的な採算だけを考えると事業継続には難しさがあります。しかし、ソニーのトップマネジメントは、短期的な経済価値の創出のみならず、長期的な視点での社会価値の創出もソニーのミッションだと明確に謳っているので、Takeoff Pointでは、持続可能な範囲内で、中長期に渡ってこれら事業の収益化を目指していくことが出来ると思っています。

もともとは「やらされ起業」でMESH™を売るという「仕事」だったものが、もはやDisconnected Youthを減らすという「ライフワーク」に変わりつつありますが、実は、私はもともと、こういった社会課題の解決に興味を持っていました。大学生の時は、アジアや中東、アフリカや南米地域等の発展途上国をバックパッキングしていました。50カ国以上の途上国へ行き、世界全体の識字率の低さや教育格差に驚いたり、児童労働をはじめ内戦で子どもが兵士として戦いに行く場面や戦争で身体の一部を失ってしまった子どもを目の当たりにしたりして、いかに自分が恵まれているかということに気づいたんです。「世の中はなんてアンフェアなのだろうか」と思い、なんとかこの子どもたちの不平等を解決できないだろうかと考えていました。学生時代は、そういう思いがあったのですが、就職してからはそのことを忘れて、ひたすら仕事に没頭してしまいました。

しかし、Takeoff Pointの経営に自信を失っていた時、大学の後輩が私のところにきて、「自己分析のやり方を教えてください」と言われて、自分の時の自己分析はなんだったのだろうと思った時に、「子どもの不平等を解決したい」とずっと言っていたのにも関わらず、完全に忘れてしまっていたと気づかされ、これを軸に会社を作ってみようと方向性をシフトしました。そこが転換点でした。

新規事業に必要なこととは?

――― コロナ禍で新たな事業に取り組んでいる会社が多くあります。新規事業に挑戦している経営者や担当者にメッセージをお願いします。

自身の経験から言うと、誰か他の人から指示を受けて、新たな事業に取り組んだり、会社を起こしたりした場合に、その事業が成功する確率は非常に低いと思います。新規事業はただでさえ、うまくいかないのが当たり前ですが、トップダウンで会社に課された「やらされ起業」や「やらされ新規事業」のスタンスでは成功しません。事業に取り組む当事者が心の底から「これをやりたい」と思わないとうまくいかないでしょう。

Takeoff Pointの経営が上手くいっていなかった時は、私自身も「自分がやりたいことってなんだろう?」と自問自答していました。私の周りにはスタートアップ企業の社長がたくさんいますが、「なぜ会社を作ったのか?」と聞くと、どの起業家も「やりたいことがあったから。自分で会社をつくる以外にそれをやる手段がないから」と言います。スタートアップの起業はやりたいことが先にあって、そのために会社が設立されます。Takeoff Pointの設立された時のように、会社という「器」が先にあって、そこから事業を考えるのは順番が間違っているわけです。

Takeoff Pointを始める前までは、「社会は競争だ」、仕事も「競争社会をどうやって生き残るか」ばかりを考えていました。しかし、本当の起業家にとっては、社会は競争する場ではなくて、自分の夢を実現する場だと考えています。そのギャップに気づくまで時間がかかってしまいました。

ハワード・ストリンガー(当時、ソニー(株)会長兼社長 CEO)のスタッフをしていたときにこんなことを言われました。「一流の経営者には3 つの能力が必要だ。1つ目はインテリジェンス。学歴や持っている資格でもなく、その場その場に合った判断とコミュニケーションができないといけない。2つ目はパーソナリティ。敵をつくらず、どんな苦しい時でも前向きに考えられなければならない。3つ目は、アクセスする能力だ。そして、3 つ目のアクセスが、お前はまだできていない。会社に与えられることに慣れてしまっていて、自分が本当にやりたいことが分からなく、自分から行動することもできなくなってしまっている」この言葉の意味を、Takeoff Pointの社長になって経営に行き詰った時にようやく理解することが出来ました。

戦略を一生懸命考えているばかりで、実際に行動に移すことができていなかったことに気づき、自ら積極的に行動するよう心がけるようになりました。さらに、困った時は、頭を動かすより、体を動かすようにしています。とにかくやってみる。そして、できなければ、できている人の真似をする。さらに、堂々と人に頼る。この3つが困った時の私の行動原則になっています。

今後のスタートアップを支援していきたい

――― 今後の目標を教えてください。

Takeoff Pointは、今まではスタートアップのビジネス支援に力を入れてきたのですが、これからはビジネス支援だけではなくて、新たな事業の創出にも力を入れ始めております。特に様々なプレイヤーが連携して、共通の社会課題の解決に取り組むような事業やアプローチには、積極的にチャレンジして、社会の中でどういう価値が作れるか探究して行きたいと思っています。それが出来るようになった先に何が見えてくるのかも楽しみにしています。

また、私個人としては、現在、社外でもスタートアップに挑戦する人材を育てる活動をしています。アメリカにあるアクセラレーターのアドバイザーをしていますし、日本とアメリカの高校と大学で非常勤講師としてアントレプレナーシップや新規事業のマーケティング等の授業を持っています。その活動は今後も続けていきたいと思っています。そして、アメリカに限らず、日本でもスタートアップがもっと盛り上がって、新たなビジネスが次々に生まれて欲しいと思っているので、日本でも幅広く活動をしていければと考えています。

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