会津大学 藤井 靖史 氏
「地方だからこそイノベーションが生まれる」
会津大学の藤井先生は、会津若松市のまちづくりに深く関わっています。スマートシティを中心にお話を伺いました。インタビュアーは日本能率協会、小関俊洋です。(以下敬称略)
地方だからこそイノベーションは生まれる
(小関)藤井さんは、福島県会津若松市にある会津大学で教鞭をとっている以外にも、地域のいろんなプロジェクトに関わっています。その経緯を教えていただけますか?
(藤井)今は大学で働いていますが、以前はずっと民間企業で働いていました。最初は日立電子サービス株式会社(現在の日立システムズ)、次にアップルコンピュータ、そして、カナダのカルガリーで海外起業を経験し、帰国後に仙台でピンポンプロダクションズという会社を起業し、その会社を売却後、家族とともに会津に引越し、新たな会社を立ち上げようと思っていたとき、会津大学からお誘いをいただいたんです。地域のためになるし、研究活動もしやすくなると思い、お引き受けしました。
多くの人は、地方よりも都市部の方が創造的な仕事がしやすいと思うかもしれませんが、実はイノベーションは不便な環境から生まれることが多い。課題が多く、その課題をなんとかしなければいけないからです。
加えて、会津の人たちは独立精神が旺盛です。これは他の地域にはあまりない気質かもしれません。自分たちの可能性を信じているので、イノベーションが起こしやすい地域だと思います。
(小関)会津では、どのような活動をしているのですか?
(藤井)会津大学で産学連携をしている以外に、「CODE for AIZU」の活動をしています。これは、地域のIT企業・団体・行政の有志や学生などによるコミュニティで、アプリケーションやウェブサービスを開発しています。
これまで、2年間の活動で30以上の賞を受賞し、日産自動車やトヨタ自動車などの企業とも共同でプロジェクトを行なっていますが、その活動は多岐に渡ります。「地域小売店のPOSデータ解析」「地域内ブロックチェーン仮想通貨」「モビリティを活用した過疎地域移動販売」「タブレット活用の教育コンテンツ」「電力ブロックチェーン」などなどです(図1参照)。
スマートシティを成功させるために
(藤井)自分達は意識していなかったのですが、これまでおこなってきた活動を外部の方に説明すると、「スマートシティ2.0ですね」と言われるようになりました(図2参照)。スマートシティを目指しているつもりはなかったんですけど、いろんな取り組みが結果的にスマートシティに関わるものになっていたのだと思います。
(小関)「スマートシティ2.0」とはどのようなものなのでしょうか?
(藤井)スマートシティが話題になって、10年ほど経ちましたが、成功した事例と失敗した事例がはっきりと分かれるようになりました。「2.0」と呼ばれるようなこれまでとは違う地に足のついたアプローチをしたところが成功しています。
「AI・ビッグデータ活用フォーラム」では、「スマートシティ会津若松 ~ICTとデータ活用によるまちづくり~」と題して、福島県会津若松市役所の鵜川さんが講演されますが、会津若松市が成功している理由も、「スマートシティ2.0」と呼ばれるアプローチでまちづくりに取り組んできたからだと思います。
従来の取り組みを「スマートシティ1.0」と呼んでいます。1.0では「技術・経済」に焦点を当てていましたが、2.0では「行政や政策運営」に焦点に当てています(図3参照)。一般の人がITを使うのではなく、行政がITを使うことで成功しているのです。
政策立案自体も行政の長からのトップダウンではなくて、住民と共同で取り組んでいく。「CODE for AIZU」でおこなっているオープンカフェがまさにそれです。地域の住民と行政が一緒になって、対話をしながら、みんなでまちづくりに取り組むことが大事なのです。
1.0の時は住民はサービスを利用する消費者としてだけ捉えられていましたが、2.0では住民は共同クリエイターとしての役割も担っています。みんなが「街がより良くなってほしい」と思っているから、誰もが手伝うことができる場やツールを与える。それがスマートシティ2.0の考え方なんですね。
そのためには行政がデータをオープンに公開して、住民に判断してもらうことが必要です。データを元に住民自身が「これが課題ではないか」「こういうことができるのではないか」と考えるようにしておくわけです。
地方自治体は、これまで道路等のインフラを整備してきましたが、今は、同じように情報を整備することが求められています。整備しておかないと地域の人たちが手伝うことができませんし、解決したとしても根拠となるデータがなければ明確に判断することができません。
本来、行政はプラットフォームであって、そこで「踊る」のは住民なんです。なのに、行政は自分たちで踊るところまでやろうとする。「そうではないですよね」というのがスマートシティ2.0の考え方です。
会津市役所は、IT人財の採用や育成に力を入れています。ITをきちんと活用している。そこが評価できる点で、すごいなと思います。これまでの地道な活動が積み重なって、ようやくスマートシティが実現できたのだと思います。
(小関)土台の部分をしっかりと作ってきていたということですね。
(藤井)地域の行政でのIT活用は絶望的に進んでいませんので、同じような取り組みは難しいかもしれません。会津若松市はそういう人財が育っているので、ITに取り組むとき、その人がハブとなることができる。すごくいい状態だと思います。ネットワーク化されているのが会津若松市のいいところですね。
これからの行政の課題は、人材の偏りを是正することと、地域と繋がるネットワークを作っていくことだと思います。市役所というと、今までは、文系をたくさん採用してきましたが、今は理系的な考えが求められる時代になったので、その人財も必要になります。運用の土台を作っていかないといけない。そこを整備せずに、会津市役所の施策を真似しても機能しないでしょうし、その地域にあったものに消化されていかないと思います。
(小関)今のお話は、自治体だけではなく企業に関しても、同じことが言えますね。
(藤井)そうですね。今、グーグルやフェイスブックも社長は理系です。自分もMBAを取得しましたけど、今はどちらかというとCFOなどの役職で企業をサポートするのがMBAの人たちで、トップで経営する人は理系が増えていますね。
お味噌汁の中に構造の生成を見つける
(小関)たくさんのプロジェクトを同時に動かす理由はどこにあるのでしょうか?
(藤井)それはフレームワークがあるからですね。
お味噌汁が二つあるとします。一つは熱々で、一つは冷めた状態です(図4上参照)。熱々の時はこのように模様ができます。冷めると模様が消えてしまいます。
温かい時のお味噌汁は、上は開かれているので温度が低くなり、下は閉じているので温度は高いままなので、温かい部分が上に行って、低い部分が下に行くので、対流が起きます(図4下参照)。それを上から見ると構造が見えるわけです。これはノーベル化学賞も取っている「散逸構造論」の考え方です。エントロピー増大の法則で、世の中はカオスに向かっているはずなのに、構造が生まれる。0から1へ構造が生まれます。
この考え方を今の時代に当てはめると、課題がよく分かります。
高度経済成長期は、経済の対流がすごく激しかった。対流が既に起きているので、モノを作ればどんどん売れていました。しかし、経済が緩やかになっていくと、対流が起きなくなる。そうすると、モノが売れなくなります。
日本の企業は構造を作るのが得意なので、構造を作ってから対流を起こそうとしがちです。構造を作ってから、対流を起こそうとしているんですけど、構造から対流は起きません。対流から構造ができるようにしないといけないわけです。
これは、箱物行政でも全く同じことが言えます。本来は対流が先にないといけない。だから、「温度差を作るところからやろうよ」といろんなプロジェクトを同時におこなって、対流を起こそうとしているのです。
ネットワークから新たな創造を
(小関)対流が起こることが重要だと言うことですね。
(藤井)とにかく人と人との対話が重要です。住民が対話をしていくことを促して、繋がりを作る。
テクノロジーは時代によって変わっていきます。それは農業で言えば、「タネ」のようなもので、温度差を見つけて対流させるというのは、「土作り」なんですね。自然環境と一緒で、肥えた土があれば、時代によって育てるタネは変わりますが、必ず花が咲きます。
今、いろいろなプロジェクトをしていますが、自分がやっているのはその土の部分だけなんです。土を作れば、そこで学生や技術を持っている人たちが入ってきて、花を咲かせてくれる。パートナー企業さんとの活動も同じです。0が1になるまで全てを自分一人でやる必要はありません。扶養な土を作っておけば、誰かが花を咲かせてくれる。そういう意識で産学連携に取り組んでいます。
「オープンカフェ会津」は毎月一回、テーマを決めて、いろいろな企業さんに参加していただいていますが、ここで出たアイデアを構造化させることを目指しています。
世の中はオープンイノベーションが流行っていますけど、社内だけのオープンイノベーションは結局、縦割りが障害になってうまくいきません。プロジェクトがあると、横断的に話ができる。社外の人とのコミュニーケーションがあれば、社内であっても横断的に動かすことができると思います。
新興国の仮想通貨を作る
(小関)ブロックチェーンの取り組みについて、お話ししていただけますか?
(藤井)ブロックチェーンの技術によって、お金の価値交換の仕組みをデザインできるようになりました。
仮想通貨を作って、地域で運用をしていたのですが、新興国の中央銀行からこの仕組みを使いたいという話がありました(図5参照)。私たちの技術は、オープンソースとして公開していたので興味を持ったようです。私たち以外にもいくつかオープンになっていたものがあったのですが、いろんな意味で信頼性を感じてもらったようです。
ブロックチェーンによる仮想通貨を作ると、国や地域経済の活性化につながります。本当は自国の経済を回していきたいのに、他国の通貨が使われてしまう。なので、それを電子化して見えるようにしたい。それが仮想通貨に関心を持った理由のようです。自国で使われる仮想通貨があれば、お金の流れもわかるし、自国の通貨を使っている人たちを優遇することにもなります。自国の産業内でお金が回っているかを確認することができるわけです。
加えて、ブロックチェーンを使うと、スマートコントラクトという形で、お金をプログラミングすることができます。
例えば、ストリートチルドレンの問題です。教育を受けることができない子供たちがたくさんいます。そうならないために、政府は各家庭に教育費を出しているのですが、学校に行かせず、子供を働きに出した方が、さらに収入が増える。お金を提供しても、正しく教育費として使われなくなってしまいます。
授業に出席して初めてお金が支払われる仕組みを仮想通貨で構築すれば、解決することができます。これを現金でおこなうとものすごく煩雑になってしまい、現実的ではありません。
このように最新のブロックチェーンの仕組みを使えば、まちづくりだけではなく、国家全体の経済発展や教育システムの構築まで進めることができます。