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【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第3回】
コロナ危機によるドイツ経済への暗雲

元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

今年5月にドイツ政府がロックダウン大幅緩和に踏み切った理由の1つは、経済への悪影響が当初の予想以上に深刻であることがわかってきたからだ。
ドイツ連邦経済エネルギー省は、4月29日に「ドイツの今年の国内総生産(GDP)は6.3%減少し、第二次世界大戦後、最悪の景気後退になる」という予測を発表した。これは、2009年のリーマンショック不況の時のドイツのGDPの減少率(5.7%)を上回る。

「需要ショック」と「供給ショック」が同時に発生

コロナ不況の「治療」の困難さは、リーマン不況を上回る。リーマン不況ではまず金融機関が困難に陥り、その悪影響が実体経済にも波及した。失業者が増加して、世界中で需要が減る「需要ショック」が起きた。倒産したり業績が急激に悪化した金融機関の多くは、リスク管理をおろそかにするなど、経営上のミスを犯していた。
これに対し、コロナ危機では大手メーカーから飲食店まであらゆる業種が、一度に悪影響を受ける。不況の原因はウイルスであり、大半の企業は経営ミスを犯していないにもかかわらず倒産したり、経営難に陥ったりする。食料品などの生活必需品を除けば、市民の消費意欲が減退し、失業者、自宅待機者の増加により、可処分所得も減る。
国境が閉鎖されるので、生産活動に必要な部品などの供給も支障をきたす。つまり「需要ショック」と「供給ショック」が同時に経済を襲う。企業倒産件数が増えて銀行の不良債権が増加するので資金流通も鈍化し、投資家や預金者の不安も強まる。
いくら中央銀行が社債などを買って市場に大量の資金を投入し金融緩和政策を取っても、それだけでウイルスを根絶できるわけではないので、人々の消費意欲は高まらない。2009年のリーマンショックの時よりも状況は複雑だ。
ドイツは、自動車や工作機械など付加価値の高い製品の輸出に依存する物づくり大国だ。同国企業の約99%を占める中小企業も、輸出志向が強い。それだけに、「世界同時不況」であるコロナ危機は、この国にとって大きな打撃となった。ウイルスが世界中に広がったため、ドイツの製品の主な輸出先である欧州、米国、中国の経済が同時に収縮したからだ。連邦経済エネルギー省は、2020年のドイツの輸出額が11.6%も減ると予想している。

EU経済の収縮はドイツに大きな打撃

EU加盟国は、ドイツにとって最も重要な輸出先だ。特にユーロ圏では単一の通貨が使われているために、ドイツ企業は為替レートの変動リスクなしに、国内市場と同じように輸出入ができる。これは貿易立国ドイツにとって、大きな利点である。2018年の同国の輸出額の約59%は他のEU諸国向けだった。
だがEU主要国であるイタリア、スペイン、フランスでは感染者・死亡者が非常に多くなり、ドイツ以上に厳しいロックダウンが行われた。一時イタリア政府は、食品製造など生活必需品以外の業種の企業の営業を禁止したほどだ。これらの国々の2020年の第1・四半期GDPの減り方は、ドイツよりも激しい。フランスやスペインのGDPの減少率は、ドイツの2倍を超えている。しかも第2・四半期のGDP減少率は、第1・四半期よりもさらに大きくなると予想されている。
また欧州委員会はEUの27の加盟国の2020年のGDPが7.4%も下落すると予想している。周辺諸国の経済が同時に収縮して需要が減ることは、EU最大の製品輸出国ドイツにとって大きな痛手となる。
ところでドイツ連邦エネルギー経済省のペーター・アルトマイヤー大臣は「2021年には経済状態が回復し始めるので、ドイツのGDPは5.2%増えるだろう」と予測している。だが私は、この予測はやや楽観的にすぎると思う。過去のパンデミックはいずれも2年~3年続いているほか、ワクチンの開発、投与の開始は早くても2021年になると見られている。2021年に多くの国で大半の人が新型コロナウイルスに対する免疫を獲得し、経済状態が正常化するかどうかは未知数だ。

自動車産業の苦悩

ドイツ製造業界の屋台骨である自動車産業の行く手にも、暗雲が立ち込めている。ドイツ自動車工業会(VDA)が5月6日に発表した統計によると、同国の2020年4月の自動車業界の輸出台数は、前年同期に比べて約94%減少した。ドイツ国内で売られた新車(乗用車)の台数も、約61%減っている。
ドイツ自動車工業会(VDA)の統計によると、今年3月に欧州全体で認可された新車の台数は、前年同期に比べて51.8%少なかった。また今年4月の新車認可台数は、前年の4月に比べて78.3%も減少した。過去に自動車業界が経験したことのない、市場の収縮である。
米国での新車認可台数は今年3月に37.9%、4月には46.6%減少(いずれも前年同期比)。
世界で最も重要な自動車市場の1つである中国でも、今年3月の新車の認可台数は前年同期比で48.2%減った。
3月には、ドイツの自動車メーカーにとって最も重要な3つのマーケットが同時に収縮したことになる。ただし欧米に比べてロックダウンの緩和が早かった中国では、今年4月の新車認可台数の落ち込みが一桁(2.3%)となり、他の市場に比べて回復の兆しが見られる。
コロナ危機による可処分所得の減少は、消費者の購買意欲を減らした。自宅待機を命じられたり、失業したりした市民にとっては、車の買い替えどころではない。
またロックダウンによって市民の移動の自由、旅行の自由が大幅に制限されたため、自動車という商品の持つ価値が一時的に下がってしまったのだ。政府がウイルス封じ込めのために実施したモビリティの制限は、自動車業界にとっては大きな足枷となった。またロックダウンのために認証機関が2ヶ月近く閉鎖されたことも、新車購入にブレーキをかけた。
フォルクスワーゲン、ダイムラー、BMWなどは3月17日頃から4月末まで、欧州の工場の生産を停止した。工場労働者の感染リスクを減らすことが最大の理由だが、各国が国境を閉鎖したために、外国の工場から部品や半製品をスムーズに調達できなくなったという事情もあった。欧州の自動車業界では国境を越えた「カンバン方式」が常識になっていたが、国境閉鎖はこの生産方式を麻痺させた。自動車業界はドイツ政府に対して、市民の消費意欲を高めるために、新車購入補助金を出すよう要求している。
ドイツ経済で自動車産業は重要な位置を占めている。この国では約80万人が直接・間接的に自動車関連産業で働いている。このため連邦経済エネルギー省は、今年末までに約50億ユーロ(6000億円・1ユーロ=120円換算)を投じて、新車購入補助金を設定する準備を進めている。
ただしこの新車購入補助金については、議論が起きている。社会民主党(SPD)や緑の党など環境保護を重視する政党は、「ガソリン・エンジンとディーゼル・エンジンを使う車については、新車購入補助金を出すべきではない。電気自動車などに限るべきだ」と主張しているのだ。つまり地球温暖化と気候変動につながる二酸化炭素(CO2)を排出する車の購入を、政府が補助金を出して奨励するのはおかしいという主張だ。
ドイツ政府は、2030年までにCO2の排出量を1990年比で約56%減らすことを目指しており、交通部門はCO2の排出量を約42%減らさなくてはならない。環境団体も、新車購入補助金の対象は電気自動車かハイブリッドカーに限るべきだと主張している。(続く)

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Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
【タイムフリー・オンライン配信】 「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」 配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで
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