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インダストリー4.0とビジネスモデル改革|
インダストリー4.0 最前線ドイツからの報告⑩

第10回(最終回) インダストリー4.0とビジネスモデル改革

在独ジャーナリスト 熊谷 徹

ドイツの製造業デジタル化計画インダストリー4.0の最も重要な狙いは、スマート工場の構築によって生産性を高めることではない。真の狙いは全世界に売られたスマート・プロダクトから送られるビッグデータを分析することによって、新しいサービスを提供する「スマート・サービス」である。
政府やドイツ工学アカデミーのこの狙いは、まだ全てのドイツの製造企業に理解されていない。そのことはドイツ工学アカデミーが発表した「グローバルな文脈の中のインダストリー4.0」という研究報告書の中に現れている。ドイツ工学アカデミーは、2015年9月から2016年夏にかけて、日本、米国、ドイツ、韓国、中国、英国の150人の企業関係者に対して「あなたの企業にとってインダストリー4.0(もしくはIoT)の最も重要な目的は何ですか?」という質問を行った。

その結果日本企業の50%が「新ビジネスモデルの開発」を挙げ、「生産プロセスの最適化(41%)を上回った。これに対しドイツでは、「生産プロセスの最適化」を挙げた企業が79%と圧倒的に多かった。これは、政府がインダストリー4.0の真の目的と見なしている「新ビジネスモデルの開発」を挙げた企業(50%)を大幅に上回る数字だ。
このアンケート調査の結果は、ドイツの多くの企業が工場のスマート化によって生産性さえ改善できれば良いと思い込んでいることを示している。彼らは、スマート・サービスこそがデジタル化という物語の「本編」であることに気づいていない。ドイツ工学アカデミーは、「これではドイツ企業は新ビジネスモデルの開発競争において、他国のメーカーに大きく水を開けられる危険がある」と危惧している。
しかし最近、この傾向にようやく変化の兆しが現れている。ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)は今年7月にあるアンケート結果を発表した。この調査は従業員数が100人を超える553社の製造企業を対象にして、インダストリー4.0とビジネスモデルの関連をテーマとして行われた。

調査結果によると、インダストリー4.0関連のアプリケーションを使用している企業の39%が「インダストリー4.0の技術を通じて新しい製品やサービスを開発している」と答えた。また回答企業の18%が「インダストリー4.0の技術を通じて、既存の製品やサービスを変更している」と答えた。また回答企業の20%は「インダストリー4.0の技術を導入することによって、特定の製品やサービスの販売をやめた」と答えている。つまり合計77%の企業が「インダストリー4.0は我が社のビジネスモデルに何らかの形で影響を与えている」と答えたわけだ。
またプラットフォームを使ったビジネスに進出する企業も増えている。回答企業の89%が「プラットフォームを使ったビジネスモデルを実行している」と答えた。これらの企業はプラットフォームを通じて製品を販売したり、顧客やサプライヤーとのネットワーキングを行ったりしている。
さらに回答企業の37%がいわゆる「pay-per–use」のビジネスモデルに携わっている。これは機械などを固定価格で販売するのではなく、顧客が機械を使用した時間に応じて料金を請求する方式で、製造業のサービス業化の一例である。ただし顧客から送られてくる製品の使用状況などに関するデータに基づいたビジネスモデルを実行に移している企業は、まだ9%にすぎなかった。

この調査結果は、インダストリー4.0に取り組む企業の中で「生産性の引き上げだけではなく、ビジネスモデルの開発が重要だ」という認識が徐々に強まっていることを示している。
ドイツ連邦経済エネルギー省やドイツ工学アカデミーにとっては、この認識をいかにして製造業界全体に広めるかが当面の最も重要な課題の1つである。
来年春にドイツで開かれる工業見本市「ハノーバーメッセ」でもこのテーマが焦点の一つとなるに違いない。

【タイムフリー・オンライン配信】
「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」
配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで

著者略歴

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

ホームページ :www.tkumagai.de
メールアドレス:Box _ 2@tkumagai.de
フェースブック、ツイッター、ミクシーでも実名で記事を公開中。

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Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
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