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IoT時代に合わせた職業教育・社員研修の転換の重要性|
インダストリー4.0 最前線ドイツからの報告⑥

第6回 IoT時代に合わせた職業教育・社員研修の転換の重要性

在独ジャーナリスト 熊谷 徹

ドイツでは大手企業を中心に、IoTの時代に合わせて社員研修や職業教育を大幅に変化させる努力が行われている。

国のIoT推進機関がイニシャチブ

連邦経済エネルギー省と連邦教育科学省が率いるIoT推進機関「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4) 」には5つの作業部会がある。この内の第5作業部会の担当部門は、「雇用と職業訓練」である。この作業部会には、大手・中小企業の研修・人事担当者16人と、労働組合関係者の11人、経済団体代表や大学教授10人が参加している。グループのリーダーは、ドイツ最大の労働組合IGメタル(全金属産業別労組)の代表である。

この作業部会は2017年3月に、IoT時代の雇用と職業教育に関する提言書を発表した。この提言書には、「企業内のデジタル革命の内容を自分の手で形作ろう―― 社員研修と継続的な研修の実践例とアドバイス(Die digitale Transformation im Betrieb gestalten – Beispiele und Handlungsempfehlungen für Aus – und Weiterbildung)」というタイトルが付けられている。(リンク=https://www.plattform-i40.de/I40/Redaktion/DE/Downloads/Publikation/digitale-transformation-im-betrieb-aus-und-weiterbildung.pdf?__blob=publicationFile&v=5

提言書を執筆したIGメタルのコンスタンツェ・クルツ氏らは「多くの労働者は、IoTによって労働がどのように変わるかがわからないために、不安を抱いている。このため、職場での研修制度を充実させることによって、人々の不安を減らす必要がある」と指摘。
さらに、「インダストリー4.0は、ITの知識を持つ機械工など、新しい資格を必要とするので、研修内容を大幅に変えるべきだ」と提案している。クルツ氏らは、政府に対して経済団体、労組、学識経験者による、職業教育の改革についての対話の場を設けるとともに、労働や教育をIoTの時代に合わせて変革するための構想を作るように要請した。
さらに第5作業部会はこの提言書の中で、インダストリー4.0の実践のために必要な職業訓練をすでに実施している企業の実例も数多く紹介している。

ジーメンス社の試み

たとえば大手電機・電子メーカーのジーメンス(本社ミュンヘン)は、従業員の職業訓練にIoTの要素を盛り込んだ「Industrie4.0@SPE」という研修プロジェクトを始動させた。同社は研修プログラムの中に、データバンク、クラウド・コンピューティング、ITセキュリティ、センサー技術など、デジタル化に関連した25種類の新しい資格を付け加えた。同社で職業訓練を担当するクリストフ・クンツ氏は「将来の電気技術者は、もはや100%電気技術者ではない。60%は電気技術者、20%は機械工、20%はIT技術者であるべきだ」と語る。

ジーメンスは、社員研修の改革に着手する前に、デジタル化が同社の製造プロセスをどのように変化させるかについて分析した。その過程で、インダストリー4.0の技術を使える50の応用例を特定した。同社はその分析結果に基づき、社員が身に付けるべき新たな資格を研修プログラムに加えていった。しかしIT技術は、目まぐるしく変化し発達していく。このためジーメンスもデジタル化時代の社員研修の基礎を置いたにすぎず、その内容は技術の発展とともに変えていくという。ドイツの大手企業では、「社員は入社してから退職するまで常に研修を受けて、新しい知識を身に付けなくてはならない」という考え方が常識になっている。
またドイツには、若者が職業訓練校で理論を学びながら、企業で研修生として働いて技術を身に付けるデュアル・システムという伝統的な研修制度があるが、ダイムラー(本社シュトゥットガルト)は経営学とインダストリー4.0を組み合わせた、新しい実務研修制度をドイツで初めて導入した。

この提言書は、大手企業ばかりではなくインダストリー4.0の技術を応用し始め、それに合わせて社員研修の内容を変更した中小企業の例も紹介している。
PI4がこうした実例を紹介しているのは、中小企業や企業ごとの労働組合(事業所評議会)に対して、IoTの時代には職業訓練が現在以上に重要になるということを知らせるためだ。この提言書は、いわば中小企業が研修制度を改革するための手引書でもある。中小企業の中には、社員研修の内容を変えようと思っても実践に踏み切れない企業が少なくないからだ。

IoT時代の脱落者を最小限に

ドルトムント大学で社会学を教えるハルトムート・ヒルシュ・クラインゼン教授も、第5作業部会のメンバーの1人として、提言書の作成に関わった。「IoTによって雇用が減るのはやむを得ないという、不可避論に陥るのは禁物。デジタル化は、被雇用者が傍観するのではなく、積極的に関わることによって、その針路に影響を与えることができるプロセスだ」と語る。さらに「ドイツの労働者の15~20%は、どんなに職業訓練を行ってもデジタル化についていけないと推定されている。こうした人々を救済の手を差し伸べることは、国の重要な役割だ」と指摘している。

ドイツ政府や企業がIoTに対応し、デジタル化の波に取り残される人の数を最小限に留めるために、社内研修や職業訓練の改革に取り組み始めていること、さらに中小企業のために情報の共有に努めていることは、注目に値する。物づくり大国日本の政府や経済団体にとっても、社員研修や職業訓練の改革は喫緊の課題ではないだろうか。

(続く)

【タイムフリー・オンライン配信】
「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」
配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで

著者略歴

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

ホームページ :www.tkumagai.de
メールアドレス:Box _ 2@tkumagai.de
フェースブック、ツイッター、ミクシーでも実名で記事を公開中。

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Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
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