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#5 アムンセンとスコットと不確実性 ー 「不確実性」を克服する機動力

「本コラムは昨年12/18に開催され好評を博したJMA GARAGE セミナー「【グローバルM&Aを考える視点】アムンセンとスコットから”不確実な時代のビジネス”を学ぶ」のエッセンスをわかりやすく解説したコラムです。5回に分けてお届けいたします。

戦略投資を総合格闘技になぞらえる方がいる。たしかに相手先との交渉で機先を制し、ゲームの主導権を握ろうと組んずほぐれつの場面が続く。交渉はかけ引きであり神経をすり減らす。なるほどと思う。ただこの感覚はバンカーの方に多いような気がする。

事業会社にとって買収は手段なので、譲渡契約書にサインするまで案件から降りる選択肢が残っている。対する相手も売り手株主や弁護士のみならず、対象会社の経営陣・従業員・取引先など多岐にわたるし、内部資料作成もある。交渉と並行して、買収後の企業文化・リーダーシップ・事業オペレーション・財務の統合に向けてのデザインを完了しなければならない。内外へのコミュニケーションも欠かせない。事業計画も詰める必要があり、統合事務局への準備もある。これら全てを視野に収め、ソツなく仕上げてしていく作業は、むしろ十種競技(5種/日×2日)のように思うのだがいかがだろう。投げたり跳んだり走ったりするのだ。休憩時間は少なく、体力の限界まで戦う過酷さがある。違いはしばしば並行してこなさなければならないことだ。

不確実性に向き合うプロジェクトは「田植え」より「狩猟」に似ている

日本の企業の多くは中期経営計画を発表している(米国企業では滅多に聞かないが)。ところが3年先は現状維持バイアス(連続的で緩慢な推移を期待する)が働くため外れ、むしろ10年先の見通しの方が環境変化という意味で当たりやすい。計画は当たらなくてもいいが(環境は直線的に変化しないので当然だ)、ビジョンは達成されるべきだ。この長期ビジョンは重要で、プロジェクトスタートの前提を作る。現在の事業ポジションを強化するのか、成長軌道に方向を変えるのか。並行して実行されることが多いが、まず決めなくてはならないのは具体的なリソース配分値であり、それぞれに適した手法とマインドセットを識別してどう別々に用いるか、である。

PDCAが戦後の日本企業を強くしたと思うものの、金科玉条のように扱うのは間違っている。そもそもどうプランを策定するかのプロセスはPDCAにはない。つまり戦略のパートがなく、PDCAはむしろ実行計画の管理サイクルと考えた方がいい。戦略投資において完璧な計画はありえず、その満点の実行が成功を導くという発想はナイーブすぎる。入念に準備すべきだが、いったん砲弾が火を吹けば前提のかなりの部分はぶっとんでしまう。農事暦のように繰り返されるものではない。ステロタイプな中経やPDCAは害悪になりうる。

不確実性に向き合う戦略投資は「狩猟」に近い。獲物を追いかけるなら人数は最大5〜9名程度が逃すリスクを最小に抑えながら早く移動できる。獲物が逃げてもその方向に走って、手分けして追い詰めることができる。そして一網打尽にできる見通しがたって人数を増やせばいい。ところがどうも「田植え」的なやり方を好むところが多い。それは既存事業のやり方だ。不確実性が高い環境では、人数が増えるとスピードは落ち、生産性は低くなる。スコット隊のように4名だったはずを土壇場で5名に増員するとスピードは落ちる(加えてスキーも足りないので遅れ食料も欠乏した)。多い方がいいだろうというのは「田植え」の発想だ。

早く問題に気づけば、それだけ解決も早い

アムンセンは準備段階で食糧・燃料のデポを多く設け、さらに復路のために新たに追加した(大氷河を超えて不要となった犬を射殺し貯蔵した)。デポが200km先にあるのと50km先にあるのとでは、時間とともに体力を消耗するので、向き合うリスクは距離比以上に増幅されてしまう。工場の生産ライン(アッセンブリ)を100mから5mに分割すれば、より早く問題を発見できる。つまり問題をその場で解決すれば、後工程は無駄な作業をしなくてすむ。計測するポイントをたくさん設けるということは、小さなタスクに分割するということだ。

感染症対策にはワクチン接種が効く。これを3回もやっておけば免疫ができる。抗体とは身についた知識のようなものだ。図表5に一般的な戦略投資プロジェクトを対比してみた。流動的な環境では、まず戦略投資の対象市場・顧客を知る(Discovery)、そしてターゲット企業候補の特定(Define)、そして戦略投資プロジェクトの遂行(Deliver)、ポスト戦略投資の目的を達成するための活動(Drive)という流れになる。それぞれさらに幾つかのフェイズに分割され、その都度新しい情報が入って来て、軌道修正する。しばしばこうした情報は前線に立たないと入手できない。多くの場合リーダーシップスタイルが分権型となるのは、合理的なやり方だからだ。だが並行してプロセスを進めているメンバーがおり、その新たな情報・知識と修正内容は、すみやかに共有されなければならない。プロジェクトは相互依存的であり、同じボートを漕いでいる仲間で出来上がっているのだから。

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Masatsugu Shibuno

代表取締役クロスパシフィック・インテリジェンス
岡山市生まれ。事業会社で約20年にわたって戦略投資にかかわり、M&A、PMI、米国事業再生、日米での新規事業開発、グローバル戦略マネジメントなどを担当。元リコー理事、リコーアメリカズホールディングス社長。 2018年2月、株式会社クロスパシフィック・インテリジェンスを日米4名で共同創業、代表取締役に就任。日本の事業会社に「Best-suited Growth」を届ける。 北米市場のグリーンフィールド調査、クロスボーダーM&AとPMIコンサルなどがメイン。 2019年10月に米国事務所を法人化(Cross Pacific Intelligence, Inc.)

(本コラムは教育・情報提供を目的としており、独立した専門的判断に置き換わるものではありません。開示される事実や意見は、読者個人に向けてのものであり、明示的に断りのない限り、クロスパシフィック・インテリジェンス社(当社)、およびサイト運営者である日本能率協会の意見または立場を示すものではありません。当社は、公開情報等に基いて本文章を作成しておりますが、その情報の内容、正確性または完全性について保証または承認せず、責任も負いません。本内容に関し、当社及びサイト運営者の許可なく複製したり転載することを禁じます。)

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