「Decade thinking -不確実な未来社会を生き抜くためのコンパス-」
【Decade thinking(4/5)】未来の見取り図 フューチャー・マップを描く(i.lab inc.)
このコラムを担当するイノベーション・ラボラトリ株式会社(以下i.lab)は東京大学i.schoolのディレクター陣によって設立されたイノベーション・ファームとして、これまで業界問わず大手企業をクライアントとして商品/サービス/事業のアイデア発想、アイデアを継続的に生み出すための仕組みづくり、研究開発戦略や重点事業開発分野の策定といった新規事業に特化したコンサルティングサービスを提供してきました。
そのような経験の中で、世界中にあるイノベーションに特化した研究機関・民間企業の方法論やi.school独自のメソッドを融合させながら、実際に新規事業企画に有用な「不確実な未来を捉えるためのメソッド」、「未来への対策の立て方」を形式知化してきています。
そこで、i.labが独自に発展させてきた「不確実な未来社会を捉えるためのメソッド」、「未来への対策の立て方」を「Decade thinking」という形でご紹介し、全5回の連載を通じて、読者の方々に、”これからの10年間を生き抜いていくためのコンパス”をご提供していきます。
本連載第2回の中で、未来を想像するためのインプット情報には、「大枠を想像するための情報」と「細部を想像するための情報」の2種類があることを紹介しました。
第4回となる今回は、主に前者の「大枠を想像するための情報」を活用して未来を洞察する手法である「フューチャー・マップ」をご紹介します。
フューチャー・マップとは何か
未来の大枠を想像するためのインプット情報の代表例として連載第2回で紹介したのが、「メガトレンド」でした。メガトレンドとは、発生する蓋然性が高く、社会的インパクトも大きいマクロな潮流(政策や経済、環境、技術等の観点)を指し、少子高齢化の進展、キャッシュレスの普及、SDGs対応の進展などがその例として挙げられます。
さて、フューチャー・マップとは相互に関係のあるメガトレンド同士を結んでいき、テーマ毎に時系列で並べたもののことを言います(図1参照)。
i.labではさらに、メガトレンドの相互作用の結果生まれる「未来の社会像」もフューチャー・マップの中に描きこんでいます。例えば、図1では「複数回の転職が当たり前になる」「労働力の不足」「長寿化」といったメガトレンドの帰結として、「定年後も働き続けるため、50~60歳の人も積極的に学び直す社会」という未来の社会像を描き出しています。少子高齢化、人口減少によって労働力が不足する中、健康な高齢者は働くことを社会・市場から求められます。また、年金制度も不安視される中、長寿化で長くなった老後生活の資金需要を満たすため、個人の側にも働きづづける動機が発生すると考えられます。そうした中で、キャリア観は今よりもロングスパンのものとして捉えられ、現在なら定年によるリタイアを視野に入れ出す年齢で、むしろキャリアアップのための学習を志す人が増えるかもしれません。このように、メガトレンドを論理的に繋いでいきつつ、少々の創造性を加えて未来の社会像を描いたものがフューチャー・マップです。
なぜフューチャー・マップを作成するのか
フューチャー・マップは、主に新規事業創出や、企業・部門のビジョン策定、R&Dロードマップ作成などで用いられます。長期的な社会の変化を概観した上で、自社が重要だと考える領域における未来の社会像を想定し、その社会において人々がどんなことに価値を感じているのか、自分達がどんな価値を提供していくのかを考えます。
では、未来を想像する際になぜ複数のメガトレンドを結びつけたり、Map化したりする必要があるのでしょうか。一つの理由は、そもそも私達の生活は単一のメガトレンドでは成り立っていないということにあります。未来の社会と聞くと私たちはつい「AI」「リモートワーク」「少子高齢化」などキーワード単位で物事を考えてしまいがちです。しかし、実際の生活は様々な要素が絡み合って形成されており、生活者もそういった中で暮らしています。例えば、「リモートワークで地方移住の時代が来る」と言われても、家族、医療、娯楽など色々なことが気になって案外移住できない人は多いのではないでしょうか。未来の社会で暮らす人々を対象とした商品やサービスを考える際には、そういった複合的な要素からなる生活の文脈を想像した上で、何が価値となるのかを洞察する必要があるのです。そういった意味では、フューチャー・マップは実はマクロな視点だけでなく、ミクロに深く潜っていく作業があって初めて完成するものと言えます。
フューチャー・マップを作成するもう一つのメリットは、新規事業開発の重点領域を全体像の中で位置付けられることにあります。特に大企業において新規事業を推進する際には、「なぜそれをやるのか」という社内からの問いに明確に答える必要があります。フューチャー・マップ作成にあたっては、網羅的にメガトレンドを集めつつ、重要だと思う領域・テーマを選定し、詳細な社会像の検討を行います。すなわち、「重要事項は見落としなく拾っていること」「何になぜ注力するのか」といったことを説明する準備も同時に進められることになるのです。
ちなみに、フューチャー・マップの時間軸は20年先までを見据えることが多いです。例えば新規事業創出プロジェクトの場合、アイデア実現のターゲットはリアリティのある10年後として2030年の社会像を詳細に検討する一方、2040年までの社会変化も見据えることでそのアイデアの持続・発展可能性を意識することができます。
フューチャー・マップを使った未来洞察例
最後に、フューチャー・マップ作成の手順を具体例とともにおさらいします。フューチャー・マップは、どんな規模感のものにせよ、収集したメガトレンドを相互関係によって一つ一つ結んで社会像にまとめる作業の蓄積によって作成されます。例えば、以下の2つのメガトレンドを結んでみます(図2)。
メガトレンド(1) 在宅勤務を前提としたホワイトカラーの増加
オフィスの解約・縮小やITツール・人事規定の整備進展を背景に、パンデミックが収束したとしてもホワイトワーカーの在宅勤務を継続する企業は多いと考えられます。
メガトレンド(2) 女性の就業率上昇
厚生労働省は2020年発表の「新子育て安心プラン」において、女性の就業率を2019年の77.7%から2025年に82%まで引き上げることを目標に、保育支援の充実などに取り組むことを宣言しています。
この2つのメガトレンドを組み合わせると、例えば「プライベートと仕事の時間が混ざり合う社会」のような未来の社会像を導き出すことができます。在宅で働く夫婦共働き家庭においては、仕事の合間に子育てや家事を行うことが夫婦双方にとって当たり前のことになっていると想像されます。これまでのように仕事の時間、プライベートの時間が切り離されるのではなく、仕事の合間に家事、家事の合間に仕事というように1日の中で混ざり合う生活を過ごしています。
なお、i.labでは、こうして設定した社会像における生活をより詳細にイメージするため、「未来の要素を先行的に体現している生活者」にユーザーインタビューを行うこともあります(連載第3回も参照ください)。例えばこのケースでは、「プライベートと仕事の境目が曖昧」という要素を現在において体現している人として、家族経営者や、休みの間も細かく仕事を入れている経営者などがインタビュー対象者として考えられます。未来の生活者像をそのまま体現するような人がいない場合も、鍵となる要素を体現している人であれば見つけることは可能で、そうした人にインタビューすることで重要な価値観の変化を探ることができることがポイントです。フューチャー・マップの完成イメージとしては「〜な社会」という粒度の社会像を並べるのが基本形ですが、インタビューを通じて「〜な社会においては〇〇な人に××することが価値になる」というレベルまで仮説設定ができると、続くアイデア創出の品質を高めることができます。
以上、フューチャー・マップの定義・意義・作り方をご紹介しました。マクロなトレンドをロジカルに結びつけていくだけでなく、ミクロな想像力も動員する創造的な作業であることがイメージいただけたのではないでしょうか。
さて、最終回となる第5回は、これまでの連載を総括し、未来の環境変化に対して企業はどう向き合うべきか議論します。最後までぜひお付き合いください。