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デジタル、ハリネズミ、ガラパゴス―進化の戦略とツール 【前編】


株式会社 クロスパシフィック・インテリジェンス
代表 渋野 雅告
 
戦略投資に20年以上携わると、日本人の「何とかなるだろう」は、しばしば「何ともならない」ことが見えてくる。本物の構造改革は、マインドセットの改革、自己の頭・心・体が一体化した革新から始まる必要がある。
今回は、JMA GARAGE オンラインイベントのレギュラー登壇者である渋野雅告氏に、不確実な変化の時代にビジネスパーソンはどのように対応すべきか、のヒントを2回にわたって教えていただきます。

 音楽家、バレエダンサー、プロスポーツ選手。海外で活躍する日本人のニュースは喜ばしい。例えば、桐朋学園大(音楽学部)の卒業生の52%は進学し、3割は留学する*1。音楽に国境はなく、幼い頃から海外の楽曲・演奏家に親しみ、来日時にレッスンを受けるとこうなる。他の音大もそうだが、トップは世界を目指すのだ。
 だがビジネスの世界はどうだろう。独りよがりの内向きになっていないだろうか?成長は従業員に昇給と職位を、つまり未来をもたらす。まず私たちのメンタリティをクローバルにリセットする必要がある。

デジタル化に乗り遅れる日本

 IMD(ローザンヌにあるトップ・スクール)が発表するデジタル競争力ランキングで、日本は27位(2020)だった。対象63カ国のうち22位(2018)、23位(2019)から後退した*2。
 立ち止まって考えてみよう。日本企業のいずこもDXを唱えIT人材を強化し、ツールの導入に熱心なのは知っての通りだ。この結果は、私たちがどこか勘違いしていると気づくのに十分だ。
 実はとてもシンプルである。内訳を見ると、R&D投資比率・ハイテク特許件数・ロボット販売台数・無線ブロードバンド・モバイルなど世界トップレベルにある。しかし、人材における「国際経験」、ビジネス俊敏性における「機会と脅威」・「企業の俊敏性」では最下位・・・の63位なのである。
 企業のメンタリティ・文化・意思決定プロセスにかかわるものは手付かずに見える。DXとはビジネス全体をデジタル・リソースで書き換える活動のことである。まず人事制度を根本から変えなければ機能しない。そもそもツール云々の次元ではないのである。

全員一致原則とタコ壺化

 「和を以て貴しとなす」(十七条憲法)と聖徳太子が記したのは、当時よほど口論や反目が日常茶飯事だったのだろう(原典は論語)。だがこの文章は「上かみ和らぎ下睦びて事を論ずるにかなうときは、則ち事理自から適ず。何ごとか成さざらん」で結ばれる。しっかり議論をせよ、と促しているのだ。
 グループによる意思決定が、個人による意思決定よりも優れているという事実はない。ブレイン・ストーミングも創造性を阻害する。ひとりひとりが個人的に行って、その結果を集約する方が品質は高くなる。根回しにも弊害がある。公的会議の前に個別説得・交渉で反対意見を低減させるやり方(個別撃破)は、意思決定の品質を下げる。同調圧力、ただ乗り(Free riding)など、プロセス・ロスが大きいと指摘されている*3。
 戦略投資では成功も失敗もある。うまく行けば「自分は積極的に賛成した」、しくじれば「本当は反対だったんだ」としたり顔をする経営幹部が後を絶たないのは、しっかりした議論ができていない証左ではないか。
 繰り返すと、日本企業にしばしば見られる「全員一致原理」は、弊害が大きい。古代ユダヤのサンへドリン(最高裁判所と国会を兼ねたもの)では、全員一致での決定・判決は無効とされた。それくらい満場一致というのは、恥ずべき決定なのだと思った方がいい。
 日本では(和を尊ぶあまり?)、各人がさまざな意見・考えを述べ、最終的にリーダーが決定する、というスタイルにどうもならない。昔から「三人寄れば文殊の知恵」ではないか、というわけである。だが、「船頭多くして船山に登る」という見方もある。
 英語の「行間を読む」(read between the lines)という表現は、「言いたいことの本当の意図を理解しようと努める」という意味である。村八分にならぬよう周囲におもねることではない。面倒臭いヤツと思われながら直言する人にとって、減点主義の人事制度は息苦しい。大半は会社の変革など待たずに、逃げ出してしまう。
 この状況は取締役の構成でも顕著だ。年々改善されているが、日本の独立社外取締役比率39%に対し米国は85%。女性取締役11%に対し米国28%(仏44%,英・独33%)。取締役会の年間開催回数もかなり違う。日本は14回、米国7.9回である*4
 有り体に言えば、「同質化・・・されたメンバーが多頻度・・・に議論している」という構図にしか見えない。知識の深化というメリットはあるにせよ、「空気を読む」結果、タコ壷化するリスクと隣り合わせである。

キツネとハリネズミ

 通常、事業は次の3つに分類することができる。大雑把だが、この区分は実務的にかなり役に立つ。

 ① コア事業を含む既存事業
 ② コア周辺の成長事業
 ③ 将来の成長オプション

 これらは、各々の目的・指標や活動例・適した人材タイプなどが異なっている(図表1)。

図表 1 : 企業変革とコア事業に最適化された社内システム

 古代ギリシアの詩人アルキロコス(BC680-645)は「キツネはたくさんのことを知っているが、ハリネズミは大きなことをひとつだけ知っている」と書いている。
 ハリネズミは華やかではないが、狙いを定めたひとつのことを知り尽くしている。その道一筋の専門家で、既存の秩序や体系に対して求心的で従順だ。保守本流のエリート街道を歩むビジネスマンという役回りになる。
 ジム・コリンズは「Good to Great」(ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則)で、ハリネズミを登場させ、どうやってNo.1になるかではなく、「No.1になれるところを理解せよ」と変化球を投げている。科学的ではないが、元気の出る本だ(4百万部売れた)。
 キツネは要領が良く、活発・柔軟・巧妙であり、抜け目がない。小さなことをたくさん知っており、複数の目標を同時に追いかけることが得意だ。遠心的に拡散していくタイプである。
 アップルを創業した2人のスティーブのうち、ウォズニアックはハリネズミで、ジョブスはキツネだ。タイプが違うからこそ意気投合したと考えると励みになる*5。
 私はさらに社内起業家としてのラッコを加えたい。のんびり波間に浮かんで気楽そうに見えるが、実情はてんてこまいである。毎日体重の30%もの代謝があるため、大半の時間を食糧探し(資金獲得)に費やさなければならない。しかも昆布に体を絡ませていないと(既存事業とのつながり維持)、生息地から流れ去ってしまう。新規事業やR&D関係の方々には身につまされる話である。

*1 出典:「バイオリンはじめちゃんねる」(YouTube)
*2 MD World Digital Competitiveness Ranking 2020, IMD
*3 合議の知を求めて,亀田達也,共立出版,1997
*4 2020 Japan Spencer Stuart Board Index
*5 子どもは40000 回質問する, イアン・レズリー,光文社, 2016
*6 Why Japan’s Cellphone Haven’t Gone Global, Hiroko Tabuchi, NewYork Times, 19, Jul. 2009
*7 新版ガラパゴス諸島,伊藤秀三,中公新書,1983
*8 中期経営計画の策定・開示に関するサーベイ・リサーチ, 中條祐介,
  横浜市立大学論叢社会科学系列,2012:Vol 63 No.1-3 合併号

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Masatsugu Shibuno

代表取締役クロスパシフィック・インテリジェンス
岡山市生まれ。事業会社で約20年にわたって戦略投資にかかわり、M&A、PMI、米国事業再生、日米での新規事業開発、グローバル戦略マネジメントなどを担当。元リコー理事、リコーアメリカズホールディングス社長。 2018年2月、株式会社クロスパシフィック・インテリジェンスを日米4名で共同創業、代表取締役に就任。日本の事業会社に「Best-suited Growth」を届ける。 北米市場のグリーンフィールド調査、クロスボーダーM&AとPMIコンサルなどがメイン。 2019年10月に米国事務所を法人化(Cross Pacific Intelligence, Inc.)
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