「Decade thinking -不確実な未来社会を生き抜くためのコンパス-」
【Decade thinking(2/5)】未来を想像する際の考え方とタスクイメージ (i.lab inc.)
このコラムを担当するイノベーション・ラボラトリ株式会社(以下i.lab)は東京大学i.schoolのディレクター陣によって設立されたイノベーション・ファームとして、これまで業界問わず大手企業をクライアントとして商品/サービス/事業のアイデア発想、アイデアを継続的に生み出すための仕組みづくり、研究開発戦略や重点事業開発分野の策定といった新規事業に特化したコンサルティングサービスを提供してきました。
そのような経験の中で、世界中にあるイノベーションに特化した研究機関・民間企業の方法論やi.school独自のメソッドを融合させながら、実際に新規事業企画に有用な「不確実な未来を捉えるためのメソッド」、「未来への対策の立て方」を形式知化してきています。
そこで、i.labが独自に発展させてきた「不確実な未来社会を捉えるためのメソッド」、「未来への対策の立て方」を「Decade thinking」という形でご紹介し、全5回の連載を通じて、読者の方々に、”これからの10年間を生き抜いていくためのコンパス”をご提供していきます。
第1回ではDecade thinkingの土台となる人間中心思考とはどのようなものか、それを用いて未来を捉えるビジネス上のメリットとしてどのようなものがあるのか、について記載しました。第2回では、i.labの資料などを参考としながら、「未来を捉える際の考え方とタスクイメージ」をご紹介させていただきます。
未来社会を捉える際の考え方
未来を捉えると言っても、捉える際の粒度感はいろいろあります。ビジネスの場では、「自動車業界においてCASEが進行する」「Industry4.0が実現する」など未来の方向性をテキストやキーワードで抽象的に表すだけで終わってしまうことも少なくありません。一方でS F系の映画やアニメコンテンツなどでは未来の社会をその時代における人の暮らし方・価値観や常識・日常的に使っている道具まで個別具体的に描いているものが多数あります。 漫画「ドラえもん」や映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をご想像頂くと、わかりやすいかもしれません。
i.labでは、後者の粒度感で未来を想像するための工夫の1つとして、「未来の大枠を想像するためのインプット情報」と「未来の細部を想像するためのインプット情報」の2種類を掛け合わせる、という考え方をよく使います。(図表1参照)
つまり、未来社会がどんな感じになりそうか漠然と方向性だけを指し示す情報だけだと、その社会において人々がどのように暮らしているのか、どのような価値観・常識のもと行動しているのかなどが想像しにくいため、そこを考えるための情報も別途用意して、2種類の情報を土台に未来社会を捉えるということを行います。
未来の大枠を想像するためのインプット情報
未来の大枠を想像するための情報として、よく用いるのは「メガトレンド」です。官公庁、シンクタンク、コンサルティングファームなどが公開している書籍やレポートでその言葉を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。定義は調査主体によってまちまちではありますが、i.labでは「発生する蓋然性が高く、社会的インパクトも大きいトレンド」と定義しています。基本的に誰が見ても“まぁそうだよね”と納得感がある粒度感で表現される傾向にあり、例としては、「自動運転が普及する」「デジタル化が進む」「SDGsへの対応が進む」「ビジネスモデルがモノ売り型からサービス型になる」「キャッシュレス化が進む」などが挙げられます。
なぜメガトレンドを未来の大枠を掴むために使用しているかというと、上述したように「実現確度が高く、社会へのインパクトも大きく、情報としても集めやすいから」です。未来を考えるという作業はその性質上、アウトプットが抽象的・曖昧・根拠に乏しいものになりがちなので、特に仕事として未来を考える際には成果物の妥当性やその検討プロセスを問われることも多く、大枠はやはり極力ブレが少なく、誰が見てもコンセンサスが取れそうな情報をベースに作っていく必要があります。
未来の細部を想像するためのインプット情報
一方で、上記のメガトレンドのように”まぁそうだよね”と誰もが思うような未来の情報を集約しただけでは、情報の抽象度が高く、その世界観において生活者がどのように生きているのか、考えを膨らませるにはとっかかりが掴めなかったりします。
例えばですが、”2030年の完全自動運転が普及した未来の中で、人々がどのような生活を送っているのか想像して見てください。”という業務が発生した際に、漫画家・SF作家などこういう妄想が得意な人はともかく、ほとんどの人は何から考えていいのかわからないと言った状況に陥りがちです。
そこで、i.labではよりミクロに未来のディティールを考えるためのとっかかりとなる情報も併用するようにしています。それがどんな情報かというと、後述する「エクストリームユーザーインタビュー調査」や「スキャニングマテリアル調査」という調査手法によって獲得できる、個別具体的な情報です。
やはり、ディティールを考える上では、他人の作った調査資料を集めてまとめるだけでなく、自ら足を運んで様々な事柄について聞いたり、体験したり、考えたりすることが必要不可欠です。抽象的な表現になってしまいますが、そういう行為の中で発見した、手触り感があり、独自性があり、具体性がある情報が創作物の生々しさ、ユニークさ、細部のクオリティを高めてくれます。
やることとしては漫画家やSF作家が作品を作るためにざまざまな場所に取材に行ってインスピレーションを得るような行為に近いと思いますが、i.labでは個別具体的な情報から未来のディティールを考える上でのインスピレーションを得るためのプロセスを方法論として整理・体系化しているので、以下では簡単にそれらを紹介したいと思います。
エクストリームユーザーインタビュー調査とは
エクストリームユーザーインタビューとはその名の通り「極端な生活者に対するインタビュー」です。デザインファーム業界、商品企画などを行うマーケティング部門、i.schoolなどで実践されている手法で、簡単に説明すると「凡人が思いつきもしないことを考え実際に行動している変な人の思考プロセスや思想を聞くことによって、凡人には説明できないこだわりや視点を言語化したり、調査者たちの凝り固まった発想の枠を広げたりするためのインタビュー調査」です。
仮に”2030年の完全自動運転が普及した未来の中で、人々がどのような生活を送っているのか想像して見てください。” というお題を抱えている場合であれば、例として、「今この現代において、日常生活における移動を全てUberなどの配車アプリか旧来のタクシーでまかなっている人」を探し出し、車の中で何をしているのかや、その生活を続けることで見えてくる自動化された移動の価値とは何なのか、などのお話を伺う、ということをしたりします。そのようにして、現代において、自動運転のある生活に最も近い体験をしている人の話を聞くことで、自動運転のある生活の詳細を捉えやすくなります。
スキャニングマテリアル調査とは
「スキャニングマテリアル」という言葉に大抵の人は聞き馴染みはないかと思います。米国Stanford Research Institute、国内では大手広告代理店の博報堂が広めた「スキャニング」という未来を洞察する手法があり、その中で用いられる「未来に生じる質的変化の兆し」に関する情報を指します。
専門的な定義はさておき、スキャニングマテリアル調査とは、一昔前で言うところのiphoneやUberの登場など、これまでの歴史における連続的な発展とは全く異なる文脈で生まれてくる破壊的な変化を予測するためにその予兆を探索・分析する調査手法である、と認識しておいていただければ良いかと思います。
このスキャニングマテリアル調査はビジネス環境の変化に関してだけでなく、人の価値観や考え方の変化を予測するのにも用いられます。
具体例としては以下のようなものです。
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スキャニングマテリアルタイトル
「10m先の電子デバイスを遠隔で充電できる電波式充電技術の登場」考察内容
ケーブルを使用しない接触充電という技術はiphoneXの時代から既に社会で普及していますが、2021年においてはWi-Fiと同じ電波を使って、接触すらしていない遠く離れた位置にあるバッテリーを遠隔で充電する技術の社会実装が進められています。この事象は、電波塔が現代では必要不可欠な電線やコンセントと言った設備を代替し、充電するという動作自体が日常生活の中から消滅する未来の到来を示唆しています。
このように、「実現確度としては低いかもしれないが、もしかしたらくるかもしれない未来」について、現在生じている特定の事象をベースに何十個、何百個と個別の分析を行っていくことで、ユニークで、具体的にもかかわらず、地に足のついた未来像を描けるようになります。
ここまで、未来を捉えるための考え方と、タスクイメージについて説明させていただきました。未来を考えるという漠然とした仕事の中身が少しはご理解いただけたのではないでしょうか。第3回以降では、i.labで行った未来を想像するプロジェクトの内容に触れつつ、今回ご紹介した考え方やタスクが実際どのように実践されたのか、また、どのように最終成果物をまとめていったのか、についてご紹介させていただきます。
引き続き、お楽しみください。