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【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第1回】
なぜドイツの死亡率は低いのか?

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元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

「第二次世界大戦以来、最大の試練」

欧州では、パンデミックが始まってから約4ヶ月経った今なお感染者数の増加が止まらない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は新型コロナウイルスとの戦いを「第二次世界大戦以来、最大の試練」と呼ぶ。
パンデミックの恐ろしさは、生命と経済に対するダブルパンチだという点だ。ワクチンが開発されるまで、新型コロナウイルスの拡大にブレーキをかけるのは難しい。
世界保健機関(WHO)やジョンズホプキンス大学によると、5月2日の時点で欧州の感染者数は約146万人、死者数は約14万人にのぼる。その内、被害が最も深刻なのがスペイン(感染者21万3435人、死者2万4543人)とイタリア(感染者20万7423人、死者2万8236人)だ。また英国とフランスでも、それぞれ2万人を超える死者が出ている。
これらの国々で死者数が多い理由は、重症者数に比べて人工呼吸器を持つ集中治療室(ICU)、医療スタッフの数が不足しているためだ。イタリアやスペインでは、医師が回復の見込みがある患者をICUに優先的に受け入れ、回復の見込みが低い高齢者や基礎疾患のある市民を後回しにするトリアージ(患者の選別)を余儀なくされている。

「検査・検査・検査」

私が住むドイツの感染者数は、16万4077人と欧州で5番目に多い。その理由は、2月の謝肉祭の休暇にイタリアやオーストリアで休暇を過ごした市民がウイルスを国内に持ち帰ったためと見られている。南部のバイエルン州とバーデン・ヴュルテンベルク州で感染者数が最も多いのは、そのためだ。
だが5月2日時点でドイツの感染者数に対する死亡者の比率(死亡率)は約4.1%で、英国(15.4%)やイタリア(13.6%)などよりも大幅に低い。イタリアやスペインのようなトリアージは全く行われていない。

● 主要国の死亡率の比較

なぜドイツの死亡率は他国よりも低いのだろうか。ベルリン・シャリテ病院ウイルス部のクリスティアン・ドロステン教授によると、その最大の理由は、この国のPCR検査数が他国に比べて圧倒的に多いことだ。
英オックスフォード大学が運営する統計ウェブサイト「データで見る我々の世界(Our World in Data=OWID)」(4月30日時点のダウンロード)によると、ドイツのPCR検査の累積数は約254万件と欧州で最も多い。イタリア(約131万件)、英国(約76万件)、フランス(約60万件)、日本(約25万件)に大きく水をあけている。人口1000人当たりの検査数も、ドイツは30.4件で、米国の約1.7倍、フランスの約3.0倍、日本の約23.3倍となっている。
日本では、いまだに専門医が新型コロナウイルスに感染している疑いのある患者について保健所にPCR検査を要請しても、拒否されるケースが報告されている。これに対しドイツの保健当局は毎日5~6万件のPCR検査を行い、感染者と濃厚接触者を自宅に隔離するという戦略を取っている。
ドイツの国立感染症研究所であるロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、ドイツの1週間あたりのPCR検査数は、第10週(3月2日~8日)には12万4716件だったが、第17週(4月20日~26日)には、46万7137件に増えた。3.7倍の増加である。ドイツ政府はPCR検査の件数を今後さらに増やす方針だ。

2012年からコロナ・パンデミックを想定

もう一つの理由は、ドイツ連邦政府が8年前からコロナウイルスの爆発的な拡大によって多数の重症者が出る事態を想定し、各州の保健省に対しパンデミック対策を整備するよう命じていたことだ。ウイルス学の専門家たちは、政府と議会への報告書の中で「アジアで始まり欧州、北米などに拡大するパンデミックが3年間続き、ドイツでも多数の死者が出る」という架空のシナリオを想定していた。各州政府は、こうした悲観的なシナリオに基づき、ICUや検査体制の拡充に努めてきた。
このため、ドイツには今年3月初めの時点で、人工呼吸器付きのICUが2万5000床あった。これは欧州で最も多い。さらに連邦政府はリューベックのメーカーに人工呼吸器1万個を注文。RKIによると、5月1日の時点で全国1262ヶ所の病院のICUベッド数は3万2044床であり、その内の39%(1万2560床)が空いている。
OWIDによると、ドイツのICU(Intensive Care Unit)とIMCU(Intermediate Care Unit=集中治療室に準ずる、重症者の監視・治療施設)のベッド数は2011年の時点で2万3890床だった。これは英国(4114床)の5.8倍、イタリア(7550床)の約3.2倍にあたる。

10万人あたりのICUベッド数が欧州で最多

またロンドンのセントジョージ大学病院のアンドリュー・ローズ教授らが2012年に発表した論文によると、ドイツの人口10万人あたりのICUベッド数は29.2床と欧州で最も多く、イタリア(12.5床)やスペイン(9.7床)を大きく上回っている。(日本集中治療学会によると、日本は5床)
このためドイツ政府は北イタリアの重症者約50人を空軍の特別機MedEvacでドイツの病院に搬送し手当てを行っている。またフランス東部の病院からも重症者約130人を受け入れた他、英国にも移動式人工呼吸装置を60台空軍機で輸送するなど、窮地に陥った国々に支援の手を差し伸べている。
こうした努力の結果、5月2日の時点でドイツの人口10万人あたりの死者数は8.12人。イタリア(46.72人)、英国(41.49人)フランス(36.77人)などに比べてはるかに少ない。
ドイツ政府は、市民の生命を守るという戦いを比較的優勢に進めているが、経済を維持するというもう一つの重要な戦いでは、日に日に産業界からの強い圧力に曝されている。次回はその点についてお伝えしよう。(続く)

● 欧州諸国および日本の人口10万人あたりのICUベッド数(2012年)

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Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
【タイムフリー・オンライン配信】 「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」 配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで
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