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デジタル、ハリネズミ、ガラパゴス―進化の戦略とツール 【後編】


株式会社 クロスパシフィック・インテリジェンス
代表 渋野 雅告
 
戦略投資に20年以上携わると、日本人の「何とかなるだろう」は、しばしば「何ともならない」ことが見えてくる。本物の構造改革は、マインドセットの改革、自己の頭・心・体が一体化した革新から始まる必要がある。
今回は、JMA GARAGE オンラインイベントのレギュラー登壇者である渋野雅告氏に、不確実な変化の時代にビジネスパーソンはどのように対応すべきか、のヒントを2回にわたって教えていただきます。

ガラパゴスは楽園か?

 グローバルに通用する商品から孤立して発達したビジネスをガラパゴス化(Galápagosization)現象と呼ぶ。携帯電話が日本独自の固有種として進化した*6とし、島国の純粋培養を自虐的に表現したメタファーとして出色である。
 赤道下にある寒流がめぐるガラパゴス諸島は、沿岸部が乾燥気候で、いちども陸続きになったことがない溶岩に覆われた不毛の孤島である。1000km も大陸から離れており、独自の生物相を有している。
 だが大型の肉食動物のいない島に人間がやって来るなり(自然保護運動が定着するまでは)、この島の動物たちは悲劇に見舞われた。持ち込まれたヤギは、ゾウガメの食糧の草を食い尽くし、生息数は激減した。島によっては絶滅だ。ゾウガメは美味で、船乗り達が食い散らかしたことも拍車をかけた*7。
 外来種は、海と空に閉ざされた孤島の平穏を破り、エコ・システムを根こそぎ変える。死滅もするが、在来種を駆逐もする。これがグローバル競争の現実である。しばしば楽園の向こう側にあるのは、地獄なのだ。
 ドードー(既に絶滅,動きが遅く飛べない鳥)を思い出すといい。ある日、荒くれた人間どもがやってきて棒切れを振り回す。ヒトを恐れることも知らず、逃げることも学んで来なかった彼らは、あっさり撲滅されてしまったではないか。
 一定の環境下では、強い者・賢い者が勝つ。絶滅したマンモスも、我が世の春を謳歌していたのである。「変化できるものが生き残る」というもっともらしい話は、経営学者(L.C.Megginson,1963)が作った神話で、ダーウィンはそんなことを言っていない(人為選択については述べている)。

生存競争と自然淘汰(進化)

 ダーウィンがガラパゴス諸島に立ち寄ったのは1835年で、5週間滞在している。日本は黒船来航でてんやわんやの大騒ぎの時代で、遺伝子の仕組みなどはまだ知られていなかった。「種の起源」の主張は自然選択論だ。この変異と淘汰の科学理論(あるいは革命思想)は、示唆に富んでいる。
 ソリューションやサービスはローカル市場と結びついている。一方、技術は国境を超える。デジタル・ビジネスでは米国プラットフォーマーが世界を牛耳っている。日本で成功しているスタートアップ企業の多くは、米国の焼き直しのビジネス・モデルのため、グローバルに出て行けない。日本には相応の市場規模があるので、それもありだ。ただし市場が飽和し、生態的地位(ニッチ)を失うなら、淘汰が行われる。新しい環境に有利に働く者が選ばれ、生存・繁殖していくが、そうでないものは滅びていく
 自ら海外に出て行かない企業も、向こうが上陸して来れば、受けて立つしかない。隘路をくぐると淘汰され、それは進化と呼ばれる。
 進化(淘汰)には「安定性選択」と「方向性選択」(二方向なら分断性選択)がある。
 前者は知識を深化させるハリネズミだ。正規分布における両端にいる人たちを淘汰し(効率化)、中央に位置する主流派エリートたちが活躍する。外れ値は削ぎ落される。生存競争(struggle for existence)とはそういうものだ。
 しかし時として巨大な変化が不連続に起きる。出現した新しい環境に対し、変異のバラツキによって有利に働く者が出てくる(キツネやラッコだ)。本流が得意としてきた流儀は通用しない。こうした方向性選択では中心軸がシフトし、新しいヒーロー/ ヒロインは外れ値の中から生まれる
 企業は安定的に事業運営する能力と、変革能力(ダイナミック・ケイパビリティ)の双方を兼ね備えなくてはならない。ムダのない組織を追求すれば、多様性が失われ変化に脆くなる。かといって、ムダが多ければ眼前の熾烈な競争に敗れる。

不連続な変化のための経営計画

 Google でmid-term plan (中期経営計画)と検索すると、日の丸が独占する。上位100位のうち日本企業(97社)、日本の大学(2校)、日本の辞書サイト(1つ)である。「欧米企業には中計がない」といって差支えないが、日本列島では独自の進化を遂げた。
 9割の企業が中計を策定し、そして7割は外部公表している。
 東証一部上場企業の中計は三年間(83%)もしくは五年間(12%)だ。不思議なことに長期予測は存外当たるが、三年は外れる。変化そのものより、いつそれが起きるのかの方が予測は難しいのだ。ローテーション人事による経営企画スタッフの在任期間の短さ(3〜5年)と、一般企業のCEO平均在任期間5.1年を掛け算すると、何となくこの期間に落ち着いたように見える。
 また55%は経営企画部門による「とりまとめ型」 (大枠は示すが事業部門に任せる)*8である。当然だが、既存事業の予測に基いてしか数値目標は作れない。かくしてハリネズミ型の中計が幅を効かせているというわけである。
 中計を根底から狂わせるのは不連続な変化だ。東日本大震災もそうだが、新型コロナウィルス感染症など自社でコントロールできない変化は中計(下方)修正の理由になる。またM&Aなど自分達が仕掛けた断絶的な変化によっても、目標値の(上方)修正が必要となる。
 だがそもそも中計は、より長期の環境変化に対し、自社を適応させるためではなかったのか?今や環境変化は頻繁に起き、スピードが早い。期間が長くなれば不連続な変化は起きやすくなり、ジレンマを抱えることになる。
 統合報告書は英国I I RCが定たフォーマットで、非財務を含む企業活動の全貌を整理できる。バランス・スコア・カードも良いのだが最近耳にしなくなった。経営品質フレームワークも同様だ。参考になるが、便利なツールはしばしば曲者でもある。
 苦労して学ぶほど習熟度はあがり、障害にぶつかれば「知覚領域」を拡大して適応しようとする。すぐに解答が得られれば、思考力は退化する。解答を探し求める行動様式は、淘汰されやすい。現実には会社内の競争やコンセンサス作りのために50%〜70%もの労力が費やされている。社内にあるのはコストでしかない。未来のために必要なのはイノベーションとマーケティングだ。
 米国では、アニュアル・レポートやイベントを通じてC E Oが将来展望(アウトルック)とビジョンを熱く語り、IRのサイトには日々の株価が掲示されている。役員幹部のLTI(長期インセンティブ)と連動した数値目標は外部に公表されない。これらは資本市場をめぐる監視や法規制の差ではない。
 従業員が共感するのはミッションやビジョンであって、体裁の良い中計や統合報告書ではない。目的地(軸)が明確だからこそ、不連続な環境にピボット(方向転換)できるのだ。そして現在の株主の期待に応え、従業員に給与賞与を支払う源泉は四半期業績である(図表2)。

図表 2 : 「ビジョン」と「短期業績」にアクセント

― 本稿の主張(まとめ) ―

1) マインドセットを変革しなければDXでも遅れをとる。
2) 全員一致原則は害悪である。意見と人格とは別物であり、侃侃諤諤の本音の議論をすべし。
3) 環境変化を生き延びるのはキツネだ。ハリネズミは共存方法を確立しなければならない。
4) 不連続な変化に、ガラパゴス化した中計は適応できない。外来種の統合報告書はたくさんあるツールのひとつだ。
 (共に法的義務がないので、投資として見ることをお勧めしたい)
5) 求心力としてのビジョン、遠心力としての四半期業績に力点を移動すべし。日本企業らしい勝ち方をしよう。

*1 出典:「バイオリンはじめちゃんねる」(YouTube)
*2 MD World Digital Competitiveness Ranking 2020, IMD
*3 合議の知を求めて,亀田達也,共立出版,1997
*4 2020 Japan Spencer Stuart Board Index
*5 子どもは40000 回質問する, イアン・レズリー,光文社, 2016
*6 Why Japan’s Cellphone Haven’t Gone Global, Hiroko Tabuchi, NewYork Times, 19, Jul. 2009
*7 新版ガラパゴス諸島,伊藤秀三,中公新書,1983
*8 中期経営計画の策定・開示に関するサーベイ・リサーチ, 中條祐介,
  横浜市立大学論叢社会科学系列,2012:Vol 63 No.1-3 合併号

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Masatsugu Shibuno

代表取締役クロスパシフィック・インテリジェンス
岡山市生まれ。事業会社で約20年にわたって戦略投資にかかわり、M&A、PMI、米国事業再生、日米での新規事業開発、グローバル戦略マネジメントなどを担当。元リコー理事、リコーアメリカズホールディングス社長。 2018年2月、株式会社クロスパシフィック・インテリジェンスを日米4名で共同創業、代表取締役に就任。日本の事業会社に「Best-suited Growth」を届ける。 北米市場のグリーンフィールド調査、クロスボーダーM&AとPMIコンサルなどがメイン。 2019年10月に米国事務所を法人化(Cross Pacific Intelligence, Inc.)
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