ベイエリアの人材マネジメント|
シリコンバレー最新動向 その2
コロナ禍で事業の立て直し、採用の見直しを迫られているなかで、人材戦略はどうあるべきなのか。
昨年、シリコンバレーに長期滞在し、「シリコンバレーイノベーションプログラムの受講とともに、HR テックの年次カンファレンスに参加した、日本能率協会の平井亜矢子がシリコンバレーのイノベーションを生み出すエコシステムの動向とカンファレンスをレポートする。
筆者は2019年秋に「シリコンバレーイノベーショントレーニング」という研修を受けた。
イノベーションを生み出すエコシステムに触れ、かつ現地での人材や組織のあり方などの調査研究をしてきた。また、それを支える HR テックを中心としたインフラについても視察を行った。まずは、この視察の中で見えてきたシリコンバレーを中心としたアメリカ企業の人材や組織課題について整理したいと思う。
アメリカ・ベイエリアの苛烈な人材獲得競争
シリコンバレーを中心としたベイエリアではここ数年人材獲得競争が激しさを増している。図2はベイエリアにおける求人動向を表したものだ。
視察したベイエリアはアメリカのテクノロジー企業だけでなく、世界各国のグローバル企業が進出している。そのためベイエリアの求人倍率は年々著しく上昇しており、優秀人材の獲得競争が激化している。図2のようにベイエリアの雇用数は右肩上がりを続けている。
2010 年に 300 万件前後だったベイエリアの雇用数は約 10 年で 400 万件以上まで増えている。またカリフォルニア州での失業率も4%を切っており、州全体で完全雇用状態と言ってよい。
この人材獲得難の中で重要となるのが「ミレニアル世代」というキーワードだ。ミレニアル世代とはアメリカにおいて 2000 年代に成人を迎えた 1980 年代前半~1990 年代後半までに生まれた若年層を指す。アメリカではこの世代が2016年度以降最多の労働人口を有し、
これからのビジネスの生産者、消費者の中心になる世代と言われている。日本における「ゆとり世代」「さとり世代」などと同様に、アメリカにおいてもこの世代はその前の世代と社会や仕事に求める価値観が異なっていると考えられている。表 1 はこのミレニアル世代が給与以外で企業に対して期待する内容を調査したアンケートである。ここにあるとおり、この世代は金銭面といった物質的な豊かさだけでなく、「自分がどれだけ成長できるか」「企業に所属している間に学ぶ機会を得られるか」といったことを重要視する傾向がある。そして成長機会については一括で提供されるものではなく、個人のニーズに沿ったものを受け取りたいと考えている。また『デジタルネイティブ』と呼ばれ、幼いころからデジタル機器に精通していることもあり、決まった時間に決まった場所で仕事をするのではなく、デジタル機器を活用しながら自身の判断で自由に仕事をすることを好む。これらの特徴は日本の若年層の特徴と共通する部分が多い。
アメリカのグローバル企業はこのミレニアル世代の優秀人材の価値観に合わせ、自社の経営活動、事業活動を通して社会に与える影響力、成長のための機会、働き方の自由度といった情報を対象層となる若者に対外的にアピールしている。
業務効率化による生産性向上の限界と内発的能力向上の必要性
テクノロジーによる改革というとこれまでは業務の作業を効率化するためのサービスが主体であった。例えば RPA(Robotic Process Automation「ロボットよる業務の自動化」)は人が手動で行っていた作業をテクノロジーで代替し、人の介在を最小限に留めて自動化するというサービスである。このようなシステムはアメリカでも日本でも進化を遂げており、導入する企業が増えている。しかし日本よりも早くからこのようなツールを導入していたアメリカではサービスの普及が一巡し、単純な労働作業の効率化における生産性向上の限界を迎えはじめている(図3)。
そこで企業が次に注目している点は、テクノロジーを活用しいかにして個人の潜在的な能力を引き出すかという点である。これには医療・脳科学などの分野とも関連付け、健康管理・メンタルヘルスを管理するものから、個人の集中力を高めるためのツールといった広範囲のサービスが展開され始めている。
加えて現在ではビジネスの形態そのものが変化してきている。これまでのように定型業務を労働作業の量でこなしていくのではなく、さまざまな情報を収集・分析しながら新しい発想を生み出していく研究開発や企画業務、コミュニケーション力を使って顧客課題を解決していくコンサルティングやソリューション業務といった仕事へのニーズが高まってきている。これらのスキルは個人の内発的な動機・個人の強みや関心などの特性といったもの
に起因することが多いとされ、この個人特性をどう把握し、高めていくかが人材開発における主要課題となっている。
リモートワークによるコミュニケーションの低下
シリコンバレーでも大手テクノロジー企業を中心に在宅やリモートワークの制度が整えられており、それらを活用している社員も多い。しかし企業側はそのような制度を整える一方で「社員に会社に来てほしい」という矛盾したメッセージを発信している。例えば米 IBMは 1990 年代からテレワークの制度を整えていたが、2017 年に「出社を推奨する」という方針を打ち出した。グーグルも「社員がオフィスに来たくなるように」と、快適で充実したオフィスづくりを続けている。この背景にはリモートワークにおける事業への弊害がある。
リモートワークが原因でコミュニケーションの質と量の低下し、イノベーションの鍵となる知識・情報の共有化や、さまざまな工程を同時並行に行いトライ&エラーを繰り返す開発プロセス(アジャイル開発)に対して支障が出ているからだ。またパフォーマンスマネジメント(日々の社員の働きぶりや成果をタイムリーに確認し必要なフィードバックを与えて社員をサポート、育成するマネジメント)の観点からも社員の動向が見えづらいリモートワークはデメリットが大きいと考えているようだ。このコミュニケーションにおける問題を解決することが HR テクノロジーの重要なミッションと言えるだろう。
このように日本よりも先行してテクノロジーの活用を進めてきたアメリカでも人事や組織にまつわる課題は日本企業と共通している点も多い。しかし、アメリカではテクノロジーを活用しこのような問題を解決しようとする模索が始まっており、その規模やスピードは驚くべきものであった。
公開コラムはこちら
その1:コロナウイルスがシリコンバレーにもたらしたもの|シリコンバレー最新動向 その1
その2:ベイエリアの人材マネジメント|シリコンバレー最新動向 その2(本コラム)