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【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第5回】
ドイツ輸出産業へのコロナ危機の爪痕

元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

街に活気は戻り始めたが・・・

ドイツでは5月以降ロックダウンが緩和され、町に活気が戻りつつある。商店やレストラン、ホテル、博物館、動物園などが再開された。教会でのミサや、合唱団の練習、一部のコンサートも始まった。学校や託児所も、部分的に再開。幼稚園の庭からも、子どもたちの歓声が聞こえる。3月以来大半の欧州諸国が導入していたEU域内での国境検査も廃止され、ドイツからフランスやオーストリアなどへ再び車で旅行できるようになった。
 ドイツの生活は、「コロナ前の日常」に似た状態に近づきつつある。だが新しい日常は、今年3月までの状態とは完全に合致しない。
 5月の最後の週から、一部の企業は社員を自宅でのテレワークからオフィスでの勤務へと戻し始めた。ただし一度に全員を出社させるのではなく、徐々にオフィスで働く社員の人数を増やしていく戦略だ。その理由は、仕事場や社員食堂でも1.5mの最低距離を確保しなくてはならないからだ。テレワークに慣れた社員たち、特にウイルスへの感染を恐れる中高年の社員からは、「あまりオフィスには行きたくない」という声も聞かれる。

地下鉄よりもマイカーや自転車

しかし多くのドイツ人たちは、今なお慎重な姿勢を崩していない。たとえばサラリーマンの間には、地下鉄やバス、市電などの公共交通機関を避けて、マイカーや自転車で通勤する人が多い。公共交通機関の利用者数は、コロナ危機が今年3月に深刻化する前のほぼ半分くらいに留まっている。このため、早朝と夕方には地下鉄やバスがガラガラで、高速道路がマイカーで渋滞する傾向がある。
 夏休みのバカンスについても、まだ様子見という感じの人が多い。どこへも旅行せずに自宅で過ごしたり、周辺の地域でサイクリングなどをしたりする人や、ドイツ国内で旅行する人が目立つ。その理由は、アジアや南米など遠い地域へ旅行し、そこで再びロックダウンが起きてフライトがキャンセルし、観光客がドイツに戻れなくなった場合について、ドイツ政府が「今年春に行ったように、特別機を出して観光客の帰国を助けるサービスはもはや行わない」と宣言しているからだ。また、感染リスクを減らすために、キャンピングカーで旅行する人も多い。こうすれば、ホテルに宿泊する必要がないからだ。

4月の輸出額が激減

一方、日本と同じ貿易立国ドイツにパンデミックが残しつつある爪痕が、徐々に明らかになってきた。ドイツ連邦統計局が6月4日に発表した統計によると、今年4月のドイツの輸出額は前年同期に比べて31.1%も減ったことが明らかになった。2020年の前月に比べても24%の減少だ。コロナ危機によって世界の多くの国でロックダウンが実施され、経済活動が凍結されたことが最大の原因だ。この輸出額の減少率は、ドイツ連邦政府が1950年に貿易統計を取り始めてから、最悪の数字である。
 天然資源と人口が少ないドイツは、資源を輸入して付加価値を加え、工業製品として輸出することで国富を増やしてきた。ドイツの輸出額は2009年から年々増加し、2019年には1兆3276億ユーロ(159兆3120億円)という過去最高の水準に達していた。リーマン不況後の10年間で輸出額が65.4%増えたことになる。しかしコロナ不況のために今年輸出額が減ることはほぼ確実である。毎年輸出の最高額を更新するという記録は、11年目でストップすることになった。
 一方ドイツの4月の輸入額も、前年同期に比べて21.6%減っている。この国の需要が減退し、生産活動が落ち込んだことが原因である。

EU貿易に深い傷痕

ド地域別に見ると、EU諸国向け輸出が特に大きな痛手を受けている。今年4月のEU向け輸出額は、前年同期に比べて34.8%、輸入額も30.1%減った。
 また今年4月のユーロ圏向け輸出額は前年同期に比べて36.7%、輸入額は28.9%減少している。
 ドイツの貿易額の約60%は、EU向けである。このためイタリア、フランス、スペインなどが新型コロナウイルスによって深刻な打撃を受け、3月~4月に厳しいロックダウンが行われたことが、これらの数字にはっきり表れている。
 国別に見ると、パンデミックによる被害の深刻さが浮き彫りになっている。今年4月のドイツのフランス向け輸出額は48.3%、イタリア向け輸出額は40.1%、米国向け輸出額は35.8%も減っている。これとは対照的に、中国向け輸出額の減少率は、12.6%と比較的穏やかだった。これらの数字には、パンデミックの震源地である中国の経済活動が、欧州諸国に比べると順調に回復していることが表れている。
 またドイツの今年4月の中国からの輸入額は、前年同期比で10%増えた。これはドイツが中国から医療用マスクや防護衣などを急遽輸入したためである。
 これに対しドイツのフランスからの輸入額は37.3%、イタリアからの輸入額は32.5%も減った。今年4月には、ドイツにとって重要な富の源泉であるEU貿易が、未知の病原体によってほぼ冬眠状態に追い込まれてしまったのである。

自動車業界の苦境

ドイツ自動車業界でも、「トンネルの出口は見えず」といった状況が続いている。ドイツ自動車工業会(VDA)が6月4日に発表した統計によると、5月にこの国から輸出された車の台数は、去年5月に比べて67%も減って10万5,100台となった。生産台数も前年同期比で66%、国内の新車認可台数も50%減少している。
 ドイツで今年1月から5月までに生産された車の台数は約118万台だったが、これは過去45年間で最も低い水準だ。この数字から、ドイツの自動車業界が未曽有の「氷河期」にあることがご理解頂けるだろう。
 メルケル政権が6月3日に発表した景気刺激策は、需要減に苦しむ自動車業界を失望させた。メルケル政権は、「新車購入補助金をエコカーだけではなく、内燃機関の車にも出すべきだ」という自動車工業会の要求を拒絶したからだ。
 政府は、地球温暖化防止の観点から、価格が4万ユーロ(480万円)までの電気自動車(EV)かプラグイン・ハイブリッド車(PHV)を買う市民だけに補助金(6,000ユーロ=72万円)を支給する。
 ドイツで去年売られた車の91%は、ディーゼルかガソリンエンジン搭載車だった。EVは6万3,000台、PHVは24万台しか売れていない。このため自動車業界では、エコカーだけに補助金を出しても焼け石に水だという見方が出ている。現在ドイツのディーラーでは多数のディーゼルもしくはガソリン車が売れ残っており、需要がコロナ前の水準に回復するまでには数年かかるという悲観的な意見が有力だ。
 景気刺激策の一環として、7月1日から半年にわたり、付加価値税が19%から16%に下げられた。自動車のように高価な商品を買う際には、付加価値税の3ポイントの引き下げはかなりの節約額になる。だが雇用の先行きなど、将来について不安を抱く人々が、付加価値減税をきっかけとして、車の買い替えに走るかどうかは、未知数である。「先が見えない」ということは、景気・投資にとって好ましくない状態だ。
 ドイツで景気が本当に回復傾向を示すのは、新型コロナウイルスに対して有効なワクチンが開発され、市民への大量投与が始まってからという気がする。それまでは、多くの企業・消費者は新型コロナウイルスだけではなく、不確定性という厄介な敵と共生することを余儀なくされるだろう。

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Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
【タイムフリー・オンライン配信】 「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」 配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで
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