【魚眼 虫眼 鳥瞰】 消滅しかけた地酒 「今錦」 を守った経営理念
月刊情報誌『JMAマネジメント』の連載記事の一部をご案内いたします。
天竜川が流れる長野県南信州・伊那谷の真ん中に位置する中川村。「日本で最も美しい村」連合にも加盟する、豊かな自然が自慢の村だ。南アルプスから湧き出る水も豊富で、村で唯一の造り酒屋「米澤酒造」がある。小規模蔵元ではあるが、大吟醸や吟醸酒などの高級酒に多く用いられる「槽搾り」という方法にこだわり、丁寧に手間と時間をかけて日本酒をつくるのが特徴の酒造メーカーだ。
日本全国の造り酒屋は、1955年(昭和30)のピーク時には4,000場以上あったが、現在は2,000場を下回り、毎年減少がつづいている。100年以上つづく米澤酒造も同様に廃業を考えなければならなくなってしまった。
伊那地域には、寒天加工製造において、日本では80%、海外でも15%のシェアを誇る伊那食品工業本社がある。同社の「年輪経営」という経営に対する考え方を知る方も多いだろう。会社の成長を年輪にたとえ、「遠きをはかる」の教えをもって、会社は永続しつづける存在でなければならない、ヒノキのような緻密な成長を良しと考える経営を実践している。
同社が米澤酒造の経営を担うことを、会長の塚越寛氏が決断した。2014年(平成26)のことだった。その背景には、塚越氏が「日本で最も美しい村」連合を応援していることもあるのだが、ここ伊那谷を塚越氏が「INAバレー」と呼ぶ地域にある米澤酒造は、村にとっても大切な観光資源であり、村の棚田でつくられたお米を使った特別な日本酒を仕込むなど、村や地域住民とともにある大切な存在であることもその理由であった。
100年以上つづく小規模蔵元のため、設備や建物はそのまま今後も長く使えるというものでなかった。新経営陣による本格的な稼働をめざすために、建物も設備も一新したが、「槽搾り」の設備とつくり方のこだわりは残した。そこに食品メーカーの常識をもち込み、まったく仕込み方法を変えずとも、味が格段に良くなったと評価された。今年その新酒ができた。数量はまだ少ない。
この実例には、経営やマネジメントを考えるうえで、さまざまな学びがある。人と人や地域と企業のつながりがチャンスを生み出すこと、他分野の常識をもち込むことで革新が図れることなどがある。
そして何よりも、経営者が遠くを見ているからこそ、人や情報が集まるのではないだろうか。経営者がどこを見ているかで、判断は180度変わってしまう。どのような長さで先を見ているかも、経営者の力量といえよう。