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【Global Trend – In and Out】
「経済安全保障」の時代と日本企業

「経済安全保障」の時代と日本企業
 10月4日に、自民党の岸田文雄総裁が第100代の首相に就任し、新政権が発足しました。岸田政権では、経済安全保障担当大臣が初めて任命され、産業界から高い評価を受けています。テレビのニュースや情報番組でも、「経済安全保障」という言葉が岸田政権の目玉として大きく報道されるなど、ビジネスパーソンだけでなく、一般の国民にも浸透しつつある言葉となってきました。

経済安全保障とその背景

 経済安全保障とは、分かりやすく言うと、経済的手段によって圧倒的優位性を確立し、国際社会における影響力を高める外交戦略のことです。経済を使った安全保障政策とも言えます。今年に入ってからでも、経済安全保障関連のニュースとして、半導体の国内生産(台湾のTSMCの誘致)やデータセキュリティー(LINEの情報管理やテンセントによる楽天への出資など)、そして新疆ウイグルにおける人権問題(ユニクロや無印良品など多くの日本ブランド)などが報道されました。自民党において経済安全保障政策を議論するルール形成戦略議員連盟の中山展宏事務局長(衆議院議員)によると、日本政府としては菅政権が初めて正式に経済安全保障という用語を使用したとのことであり、政府においても経済安全保障への取り組みを活発化させています。

 日本における「安全保障」とは、これまでは「日米安全保障条約」に代表されるように、軍事的な意味合いで語られてきました。しかし、中国の台頭とともに、米国、EUを含めた各国が経済覇権(生産、貿易、規制、サプライチェーンなど)を目指す動きが活発化してきました。2017年に就任した米国のトランプ大統領が中国のファーウェイ製品を米国市場から締め出し、同盟国へもサプライチェーンの組み替えを求めたことも、この表れです。同大統領は、中国に対して軍事的な圧力は最小限とし、経済的な圧力によって優位に立つという戦略をとりました。

 トランプ時代と変わらず、バイデン政権も関税強化や中国系企業の上場禁止、投資の監視、そして知財問題など、対中経済政策については基本的には強硬路線です。本年1月の大統領令により、サプライチェーンからの中国の切り離し(デカップリング)を推進する方向性を打ち出しました。特に、半導体やレアアースのサプライチェーンについては、規制を強化する動きをとっています。米国は、対中牽制において足並みをそろえるよう、中国との貿易や経済的結び付きの強い日本の産業界へプレッシャーをかけてくることでしょう。

 他方、中国にとっては、「一帯一路」や「中国製造2025」などをベースに経済安全保障を進めることは、理にかなっています。「軍民融合」路線をとり、先端技術を軍事に応用しようとしている中国は、世界において米国と覇権を分かつ大強国を目指していると考えられます。中国にとっても、経済安全保障は重要な戦略なのです。

軸足の置き方が難しい日本

 米国との日米安全保障条約によって防衛における安全保障を確保している日本ですが、一方で、貿易相手国としての中国の存在は大きいものがあります。現在、日本の貿易相手国シェアでは、中国が約24%、米国は約15%となっていて、中国との貿易が4分の1を占めています。そのため、米国に一方的に肩入れし、中国とデカップリングした場合、日本企業は14億人という巨大市場へのアクセスを失い、経営が脅かされる懸念があります。そのため、日本の経済界からは、中国市場の規模や収益率を考えると、中国経済と縁を切るべきではないという強い主張が見られます。
 日本にとって「米国と中国の双方にいい顔をする」ことが、国家安全保障と経済の融合によって難しくなってきています。関西経済同友会は5月に、経済安全保障への個別企業での対応は限界があり、官民一体で情報連携する必要があるとする提言を発表しました。官民連携は重要ですが、ビジネスにおける主人公は企業です。今後は、経済安全保障政策とビジネスとの間で、どのようなバランスを取れるのかが重要な経営課題となります。

経済安全保障における守りと攻め

 国家が行う経済安全保障には、攻めと守りがあります。例えば、外交的に関係がよくない国の製品がサプライチェーンの一部になっている場合、国家レベルで衝突や紛争が起きた場合に必須アイテム・部品等の供給がされず、日本企業が製品を作ることができずに、経済的ダメージを受けることが考えられます。2010年9月に発生した尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件において、中国が対抗措置としてレアアースの対日輸出制限を行ったことで、価格が急騰、ハイブリッド自動車や液晶パネルの製造にダメージを与えたケースが該当します。このような場合、民間企業の対応手段としては、レアアースを他国から緊急に輸入することですが、調達手段やコストの問題から、たやすいことではありません。サプライチェーンの組み替えは簡単なことではなく、また民間企業ができることは限定的であり、解決には国と国との外交交渉を待つほかありません。これが守りのケースです。

 一方で、攻めの経済安全保障とは、日本に依存しなければ製品が作れないという “キラー部材”を押さえることで、相手のサプライチェーンの弱みを握り、外交的に優位に立つことが考えられます。例えば、徴用工問題等で日本政府が対韓外交において優位に立つために、半導体材料であるフッ化水素を輸出管理上問題があるとして(シリア、イランなどへの不正輸出)輸出制限した事案(2019年7月)があります。日本政府はあくまで輸出管理の問題としましたが、韓国の半導体市場シェアは世界第2位であり、経済的ダメージを受けました。ただし、韓国への輸出ができなくなった日本企業も業績への影響を受けていて、経済的損失は小さくありません。
国家の政治的な思惑によって、守りの場合も、攻めの場合も、民間企業にとっては大きなビジネスリスクとなり、経営に影響を受けてしまうことが経済安全保障の怖さです。

経済安全保障への対応

 日本政府では、企業に対して経済安全保障担当の役員の任命を求めており、企業側も対応が迫られています。しかし、産経新聞の調査(8月19日紙面)では、経済安全保障への対応強化の姿勢(担当役員の任命、専任部署の設置、企業リスクとしての認識など)を示した企業は約2割にとどまり、「強化する予定はない」が26%を占めるなど、具体的な対応を行っている企業はまだ限定的です。

 日本企業としては、政府の経済安全保障政策によって自社の事業活動、サプライチェーンがさまざまな制約を受けることになります。これに関連して、外国人投資家からも日本政府の規制強化に対して懸念が示されています。また、有識者からは、日本の技術や知的財産を守るだけでなく、産業を発展させるための経済安全保障も考えるべきだという意見が出されています。岸田首相も、10月8日の所信表明演説において経済安全保障を成長戦略の柱と位置付けました。
 先日、米国のシンクタンク The National Bureau of Asian Research(全米アジア研究所)と経済政策に関する意見交換を行いましたが、日本企業は米中のはざまで経済と軍事の安全保障において難しい局面にあるが、国際情勢に過度に萎縮する必要はなく、したたかに活動していくべきだという意見が出されました。欧米では、国家の動きに気を配りながらも、企業がさまざまなチャンネルを使いながら、したたかにビジネスを行っているといわれています。

 ここで重要となるのは情報です。日本企業は、専任部署を作ったり、マニュアルを作ったりという体制整備は得意かもしれません。しかし、セキュリティークリアランスの問題はどうでしょうか。そして、ビジネスリスクの早期発見はどうでしょうか。いずれも欧米企業よりも後手に回っている印象があります。これからは、日常的に米国や中国の政策について情報収集・分析を行い、自社の経営環境および経営課題とどう関係するかについて対応のレベルを高めていかなければなりません。日本政府を含めた各国の動き、政治環境の潮目の変化に気がつかなければ、グローバルなビジネス遂行に支障を来すことになります。今後は、国内外における情報収集やリスクの早期発見、体制の整備、役員・社員の教育、官や業界との連携といったパブリックアフェアーズ活動の強化がますます重要となってくるでしょう。

(了)

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許 光英

シニア・プロジェクト・マネージャー 株式会社 電通PRコンサルティング
1991年富士ゼロックス株式会社入社。ビジネスコンサルティングとドキュメントソリューションサービスに従事。 1996年電通パブリックリレーションズ(現電通PRコンサルティング)入社。パブリックアフェアーズ、リスクマネジメント、デジタルコミュニケーションなどのプロジェクトを歴任。 近時は国際情勢分析、経営トップのコミュニケーション、メディア対応などを手がけている。慶應義塾大学文学部(社会学)、ペンシルバニア大学国際関係学部卒業。
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