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#5 グローバル戦略投資(M&A)のベーシックス ー 何でこうなっちゃうの?

クロスボーダー案件で、現地CEOにそのまま残ってもらおうとする日本企業は多い。リテンションパッケージを用意し、気持ちよく働いてもらおうと大枚をはたき、経営の自主性を尊び、お大尽を構えます。これでは気持ち良すぎて、何か変えよう(統合の着地点まで脚で旅しよう)という気にはなりません。後で大鉈を振るうにも力が要りますし、出血も覚悟しなければなりません。でも、どうしてこうなってしまうのでしょう?

現地CEOのモチベーション(典型例)

まず日本企業に買収されただけで、爪で引っ掻かれた気がしています。日本鋼管(現JFEスチール)が、米国の誇りだったナショナルスチール社を買収すると、ハーバード大MBAだった経営陣は消え、数年で中西部の中堅大卒業生ばかりになってしまいました。名門意識の強いファイアストンタイヤ&ラバー社のジョン・ネヴィン会長も、ブリヂストンに口出しさせませんでした。プライド高きウェスチングハウス・エレクトリックのダニエル・ロデリック会長も、東芝を田舎企業と見下してリストラなし(三菱重工ではなかったので)とほくそ笑んで高給をむさぼりました。ビーム(本社は、誇り高く・独立心強く・粗暴でびっくりするほど貧困な、大アパラチア文化にある)のマット・シャトックCEOはサントリーを舐めていました。Cクラス幹部ばかりではありません。前述鉄鋼業では、日本の技術を吸収し終わると現地技術者は去っていきました。胃が痛くなる局面が続きます。

個人的な経験。NYSE上場企業を買収した時のこと、半年もたたないうちに、キャリアの次を見据えた有能な幹部やアイビーリーグ卒が見事にいなくなりました。また、リテンション期間中だったのですが不甲斐ないパフォーマンスに解雇したいと考え、苦労したこともありました。あるいは企業再生プロジェクトを機能させるために、インセンティブを用意したり。そのため、指名報酬委員会を自分のところで握っていました。

インセンティブをどうデザインするかは、どういう行動を求めるのかとセットです。インセンティブとは行動を変えるためのしかけで、褒美(Reward)と懲罰(Penalty)によって機能します。ボーナスとは、ターゲットをクリヤーしたら貰える、というものです。ラッキーでもらえたボーナスは、ウサギが木の根っこにぶつかって転んだようなもので、正しい行動変容を招きません。しかも、ほんの少し空腹の方が目の前のニンジンは魅力的になり、なまけていることに褒賞を与えると、ますますなまけものにします。

日本企業は現地に忠誠心を期待する傾向がありますが、それは彼ら彼女らに尊敬語・謙譲語を身につけさせるくらいハードルが高い。むしろ、彼らの文化と文脈を使って、目標を達成させることだけに注力すべきです。もうひとつ強調したいのは、代替案を手許に用意し、緊張感を与えること。いつでも代わりの人材はいるんだと思わせないと、我が物顔にのさばり、勝手を尽くされることになります。

ガナバンスはオーナーシップから生まれる

現地子会社のスタイルはさまざまですが、大きく図表5のような3パターンに括れます。各社のグローバル化の成熟度・企業文化・事業特性の状況次第で、特定個人の問題という側面もあり、唯一の正解はありません。

パターンA:たぶん最もパフォーマンスがいいグローバル化です。ただし、日本人が経営できないからという理由で現地CEOに経営を任せるなら、失敗確率は高い。送られた日本人駐在員は本社連絡役に甘んじるか・スパイと勘ぐられるか?、放任主義にならないようどう内実をグリップするのか(問題発見できるか)?、現地CEOに問題がある時(業績不振・義務違反など)、どう制御・交替させるのか?などの問題があります。年齢・性別・人種・国籍・信教など不問という中の選択ならベストです(たまたま日本人でないだけ)。

パターンB:日本の製造業が自社製品を海外拡販していった時代(インターナショナル化)のイメージです。現地COOにとって、上司の日本人は目の上のタンコブです。どう現地従業員を動機づけ、納得させるのか(販売会社でトップセールスできるかetc.)?、優秀なローカル人材を惹きつけられるのか?、日本人トップは組織をグリップできるか?ということが叶うなら、オーナーシップの発揮の仕方として正当なものです。

パターンC:複数の事業体を傘下に持つケースや、チェック&バランスを重視するやり方です。事業会社の現地CEOにしてみれば鬱陶しい存在で、何をやっているか理解しにくい(売上もあげていない)ので、持株会社にすり寄るか・失脚を画策するか、緊張感が生まれやすい。持株会社の機能(無形資産の形成責任)・権限(委員会など)・役割(PL責任ある事業会社との違い)を担うのか、また事業会社の情報系データを持つ、資金を集中させる、などのデザインが不可欠で、事業会社に具体的に貢献することが良好な関係づくりに役立ちます。

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Masatsugu Shibuno

代表取締役クロスパシフィック・インテリジェンス
岡山市生まれ。事業会社で約20年にわたって戦略投資にかかわり、M&A、PMI、米国事業再生、日米での新規事業開発、グローバル戦略マネジメントなどを担当。元リコー理事、リコーアメリカズホールディングス社長。 2018年2月、株式会社クロスパシフィック・インテリジェンスを日米4名で共同創業、代表取締役に就任。日本の事業会社に「Best-suited Growth」を届ける。 北米市場のグリーンフィールド調査、クロスボーダーM&AとPMIコンサルなどがメイン。 2019年10月に米国事務所を法人化(Cross Pacific Intelligence, Inc.)

(本コラムは教育・情報提供を目的としており、独立した専門的判断に置き換わるものではありません。開示される事実や意見は、読者個人に向けてのものであり、明示的に断りのない限り、クロスパシフィック・インテリジェンス社(当社)、およびサイト運営者である日本能率協会の意見または立場を示すものではありません。当社は、公開情報等に基いて本文章を作成しておりますが、その情報の内容、正確性または完全性について保証または承認せず、責任も負いません。本内容に関し、当社及びサイト運営者の許可なく複製したり転載することを禁じます。)

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