#2 グローバル戦略投資(M&A)のベーシックス ー 買収監査とビジネスモデル
M&Aは新しい能力を獲得し組織を若返らせ、収益性を改善させ成長を促すことで、エクイティバリューを高める最も即効的な方法です。それはなぜなのか、オーガニックな事業開発とどう違うのか。「買収監査とビジネスモデル」が今回のテーマになります。
ビジネスモデルを理解する(ポートレート)
スタートアップで用いられる「ビジネスモデル・キャンバス」(通常4回ほど改訂を繰り返しますが説明省略)は良くできたツールで、おすすめできます。ビジネスモデルありきでスタートして成功した新規事例は少ないのですが(Googleのように)、対象事業の全貌を描写するには具合がよろしい。石の中からダビデ像を鑿で彫り出すミケランジェロを気取ろうとせず、シンプルな骨格に肉付けするツールを使う方が生産的でスマートです。
買収監査でビジネスモデルの議論が少ないのは「現在の事業ポジションを強化する」ゆえで、「会社を成長軌道に変えるM&A」なら必須です。しばしば買収監査は企業価値評価(Valuation)が中心になっています。ビジネスの言語は数字であり、財務諸表は診断の基本中の基本です。しかもM&AでFAに加えて会計士が雇用される場合、価値と価格をめぐる議論に終始することも少なくない。しかし人間ドックデータを見ても性格・能力・寿命まではわからないように、それらは全体の一部分でしかないのです。
バックミラーに写る像(財務結果)を見ながらハンドルを握るのは命知らずだ、と誰もが賛成するでしょう。未来は予見できないものの、顧客と対話・観察するなら、満たしている・まだ満たされていないニーズを知ることができる。まだ気付いていないニーズの発見にいちばん近い。
機会・意図・能力のトライアングル
国家にとって脅威なのは、能力があって戦う意図を持っている国です。相手に能力がないなら恐れるに足らず、戦う意図がないなら安眠できます。もし能力も意図も備えていれば、ちょっとしたきっかけ(機会)で、戦争になります。能力があってもヤル気がない従業員は成果を出せませんし、ヤル気だけでも難しいのと同じです。
M&Aに即効性があるのは3点セットで獲得できるからです。「Make, Buy, or Ally」(買収か内作かアライアンスか)の3種類の方法と掛け合わせれば、9通りの戦略的意図(お金は何に変わるのか)が評価できます。新規事業が必然的にトライアンドエラーの連続になるのは、機会+意図 or 能力+意図、であり、外部機会(顧客)との接着面が容易にくっつかないからです。あらゆる業種業態がある中、顧客のいないビジネスは存在しません。
ビジネスモデルを説き解く
買収監査では、図表2(例も記載してみました)のように4つの領域をカバーすることをお勧めします。この4つは相互補完的で一体となっており、ビジネスモデルが浮き彫りになります。
①顧客への価値提案:顧客が競合他社ではなく当該企業を選ぶ理由は何でしょうか?効率的に購入できる、手頃な価格である、便利に買えるのでしょうか。もし提供する商品サービスが顧客の重要な仕事に関係し、他社より優れ、困りごとにドンピシャなら、高価格で販売できます。プロダクト・マーケット・フィットからプロブレム・ソリューション・フィットへのシフトです。そして顧客満足度も要確認です(NPSを使うところが多い)。
②リソース:一番大切なのは現金と知識で、いわば燃料です。顧客・従業員・技術・知財・設備・データなど、顧客に製品サービスを提供するために用いる資産です。知識(無形資産)については、希少性は高いか・模倣は困難か、という視点で見定めます。また競争上の差別化を生まないリソースが必ず混ざっているものです。
③組織プロセス:事業を拡大するためのエンジンで、リソースを車輪のように回す仕組みです。意思決定プロセス、予算プロセス、開発プロセス、生産プロセス、販売プロセスを含みます。アクセルやブレーキとハンドルを含むマネジメント・システムであり、暗黙のルールも含め、企業文化が埋め込まれています。
④収益モデル:売上とコストから構成される利益計算式です。投下資本の回転率・資本効率も比較評価します。妥当な価格から原価・変動費を差し引き、望ましい利益率のためにリソースがどう用いられているか、という切り口でキャッシュフロー創出力を分析します(財務諸表が正しいか否かを監査するのではありません)。
Masatsugu Shibuno
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