#3 グローバル戦略投資(M&A)のベーシックス ー PMIのための買収監査
今回はM&A成功の鍵となる「PMIにつなげるための買収監査」を取り上げます。
そもそも買収監査とは?
やや長ったらしいですが「1)契約締結前に、2)当該事業・人が適切に運営されているかの調査であり、3)一般的には資産評価プロセスが含まれ、4)意思決定者が判断するための情報の量と質を向上させることで、5)コスト・ベネフィット・リスクに関する体系的な知識を獲得する」のが買収監査です。平たく言うと、インテリジェンス活動そのものであり、データや情報を、意志決定者が用いる知識(ナレッジ)に変える活動です。
まず、リスク評価(起きる確率×起きた際のインパクト)によって、レッド・フラッグを発見します。そして正しい企業価値評価のための情報を入手します。売り手が誰かによっても、監査ポイントは変わります。例えば、ファンドがオーナーの場合、オペレーションの改善はひと段落ついている、短期収益志向なので販売・開発投資などが疎かになっている、CEOが残るかどうかか論点になる、などの傾向が多くみられます。カーブアウト案件なら、事業の独立性をめぐる広くて深い濠が横たわっています。前回コラムの通り、売り手にも意図があり、能力を生かして機会を掴みに来ているのです。買収案件は売り手と買い手との相互作用が起きます。
文化に関してはたったの4%
生物の進化は、種の出現と絶滅(何と99.7%)によるもので「変化に対応できるものが生き延びた」事実はありません(ダーウィンがそう言ったというのはウソ)。しかし種は遺伝的変異(個体数がクリティカルマスに達しないと死滅)を起こし、結果としてそれが有利に働くことがあります。繁殖成功率(適応度)は生存に影響します。同じように文化的遺伝子も生存の「適応結果」であり、それぞれ固有に進化して現在の姿に至っています。
企業文化の買収監査をやっているのはたった4%(米国の調査データ)しかありません。欧米においてさえM&Aの失敗は、戦略や財務上のミスは少なく、多くは文化の違いからきている、と言われているのに驚きです。クロスボーダー案件では急所となりますが、日本企業の実施率はさらに低いでしょう。恥辱と感じるM&A失敗の内実は隠され、経営判断の正当化と実行責任者のミスで終わり、が多い。まことに学習し辛い状況です。
企業固有の文化も対比的なケースがあります。壊れる前に未然防止するvs.壊れてから直す、寛容で自由闊達vs.厳格でルール重視、計画重視のPDCA型vs.スピード重視の変化対応型、キャリア階段のワンステップvs.終身雇用‥‥‥。これらが企業の行動様式を支配しており、PMIでは2つの文化が相克します。M&A経験を重ねると、こうした企業文化にさんざん悩まされ、もがくうち、ムダな動きが少なくなり、成功確率も高まってくると感じます。ふとこう書いていて、石に付着した苔藻を食べる鮎は、水勢がないと大きくならず、激しい瀬で育つと身が締まる(魯山人)、を思い出しました。
PMIにつなげるために
通常の買収監査(資産価値評価・修正事業計画につながるもの)に加え、企業文化の評価、経営幹部の評価、機関設計・幹部人事の4つが、PMIに繋がる主な領域です(図表3)。これらの体系的な情報を基にして、ポスト投資の統合計画が作成され、クロス・ファンクショナルな統合チームが実行します。ちなみに、買収監査に加わった同じ人物がPMIまで担うことが望ましく、それはゼロから知識吸収する時間を節約するためです。
また、前回コラムの「意図」は、この経営幹部、つまりリーダーシップの問題(財務パフォーマンスの4~5割に影響しています)であり、属人的です。具体的には、当該企業のリーダーは何に注意を払っているのか、ここでは何が報酬を受け取り・何が懲罰されているのか、リソースはどう配分されているか、などを調べます。人材や今までの歴史、置かれている環境、マネジャーは現場からどのくらい支持され信頼されているかも、PMI計画に役立ちます。
信頼ひとつをとってみても「桃の文化」(握手を交わしファーストネームで呼び合っても芯には硬いタネ)のアメリカ人は「タスクベースの信頼」をベースに仕事をしますが、「ココナッツの文化」の日本は「人間関係ベースの信頼」を前提として動きます。現地のローカルな文化は自分たちと異なること、からのスタートです。
Masatsugu Shibuno
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